28.巡洋艦〈あやせ〉―18『Creatures/人外漢たち―4』

 かぽ~~ん……と、心を落ち着かせるASMRな音が広い室内に谺した。

 同時に、はふ~んと、お腹いっぱいな猫のそれにも似た満足げな吐息が。

「いいお湯ねぇ……」

「控えめに言ってサイコーっすね」

 ちゃぷんと湯面に波紋をおこしながら、手拭い(?)で顔や身体をあたっているのは言わずと中尉殿と曹長。

 ふたり並んで湯船のへりに背をもたせかけ、足を前に投げ出して、すこし熱めの湯に全身を浸し脱力している。

 艦内大浴場の湯船の中だ。

 ああ、もちろんアタシもすぐ隣にいる……、って言うか中尉殿と曹長の間に挟まれている。え? なんで?

 御宅曹長はグラマー(笑)だ。

 中尉殿は均整美に満ちている。

 そんな二人と否応なしに肌が触れあう距離にいる。

 おかげでアタシは右にも左にも目を向けられない。

『成人』と『大人』との違いを思い知らされるから。

 って放っとけ! 陸上競技向きの体格ボディなんだよぅ!

「『瀆尉』というのはね、深雪ちゃん」

 ふいに中尉殿がそう切り出してきた。

「ウワ、は、はい!?」

 ウッカリ視線を横向けてしまい、視界内の肌色成分を増加させてしまって声がうわずる。

「瀆尉というのは、我が国の宇宙軍に特有の階級で、男性――それもある特定の要件を満たした男性の軍人にのみ付与されるものなの」

「要件……。さっきの……、隔離室内にいたような姿かたちである事、とかですか?」

 分厚い監視窓越しにされたバケモノたちの姿を思い浮かべて、アタシは言った。

 おぞましい。

 何か宗教を信仰してるワケじゃないけど『堕落』――日常茶飯の冗談で口にのぼされるのでなく、もっと深刻な意味での『堕落』

 それを具現化した……、人間という存在がこうまで堕して良い筈がない――そう思わせる程にらくはくし、穢れきってしまった『存在』

――人外漢ヒトもどき

「そうね、彼らのあの有り様は、ある意味自業自得と言えるけど、でも一方で、国への忠義にじゅんじた証でもある。だからこそ政府や軍の指導層は、彼らを単なるやっかい者、あるいは被害者としては扱わず、特別な配慮を講じているの」

 は……?

 今、なんて……?

 チュウイドノ、チョットオッシャッテルイミガワカラナインデスガ……?

 国に対する忠義の証?

 軍隊どころか社会不適応な、自発的(?)な厄介者ではなく、何か事故とか実験の犠牲者、被害者でもない――そうは扱わない?

 いやぁ、やっぱりわかんない。もちろん言葉そのものはわかる。わかるけど、その意味するところを解釈できない――理解不能。

 そもそも何の役にも立ちそうにない人間を、どういう目的、いかなる役割でもって軍艦に乗り組ませようなどと思うものなのか。

 当人たちにとっても周囲の人間にとっても迷惑千万、かつ意味不明だし、顕彰けんしょう、はたまた贖罪しょくざいが理由でないなら、その意図は何?

 あ~、もぉ、このフネに乗ってからというもの、毎度といえば毎度だけれど、頭の中がグルグルになるぅ……!

 出来ることなら頭をバリバリきむしりたいよぅ! なんて思っていると、中尉殿がクルリとこちらを向いた。

「瀆尉というのは、言ってしまえば疑似士官階級。他国の軍の中には、『シュウドオフィサと訳している例もある――指揮権限の無い士官階級を指していう語。我が軍では主に一人乗りの艦載機キャリアー搭乗員パイロットを対象として与えられているものなの」

「は、はぁ」

 あの人外漢たちがパイロット? あんな超・デブデブで、脂ぎってて、ドブ泥みたいに臭いのが? ドラマなんかじゃって、もっとシュッとしていてイケメンで、総じてカッコイイイメージなんですけど。我が軍のパイロットってアレ? え、まぢで?

「彼らが何故ああなってしまったのかについては、やがて深雪ちゃんも知ることになるでしょうし、日をあらためて私からも教えてあげるつもりでいるわ」

 中尉殿は言った。

「ただ、今は、彼らが望まれて宇宙軍に在席していること。お荷物としてではなく、要員として――曲がりなりにも一個の戦闘単位として起用され、フネに乗り組んでいるという事だけ了解しておいて」

「……はい」

 アタシは頷く――ためらいがちに。

 決して中尉殿を疑うワケじゃない。

 でも、中尉殿ご自身、『やがて』って言ったよね? つまりは、この場で、即・疑問解消、Q.E.D.とはいかないと中尉殿もわかっていらっしゃるということ。

 だったら、その『やがて』な時に至るまで、部下たるアタシも疑問や不満はひとまず呑みこまなければならないじゃない。たとえ『やがて』な時が来ないとしても。

 と、

「一足飛びに納得するのはムズいだろうけど――でもな、深雪」

 これまでくんにゃりテロ~ンととろけるばかりでいた曹長が話に加わってきた。

「およそじゃあ類例の無い階級を新たに創設してまでのシステム構築。それに加えて、建造コストの増大、運用面でのやりにくさを承知してなお、を載せること前提で造られる戦闘航宙艦フネ――取りも直さず、こうした『事実』が、我が国、我が軍が、いかに戦力としての連中を重要視しているかを示している。そのことは理解できるだろ?」

「う……」

 そ、それは確かに……。

 アタシはあの人外漢たちと同じフネにのる&身近に接する個人としての不利益にばかり目が行っていたけど、でも視野をもっと広げればお偉いさんたちはそれによって組織がこうむるであろうデメリットよりもメリットの方が大きいと判断したからこそ(現場の迷惑もかえりみず)こうなってるワケで、でも兵隊になったばかりのアタシなんかには人外漢たちをそうまでして『軍人』として起用し続けることの意味も意義もわからないワケで、いっそのこと連中をミサイルか何かに詰め込んで、敵に向かってブッ放したならそれでこちらの勝ちが決まりそうな気がする&そしたらスッキリ断捨離できて一石二鳥じゃない? とか思っちゃったりなんかして、でもやっぱり……って、あぁッ、もぉッ!

 ヘタの考え休むに似たりだ。

 結論出ないしもう止めよう。

……仕方ない。仕方がないよ。

 中尉殿に加えて曹長まで言うんだ――あの人外漢たちには『価値』がある。

 ウ~~、『価値』があるのに違いない。

 ウ~~、『価値』があるんじゃないかな?

 ウ~~、『価値』があってくれたらいいな。

 ウ~~、『価値』があったって人外漢バケモノだけど。

「ま、いずれにしても、だ」

 知らず、ウ~ウ~やりはじめてたアタシの頭をナニ唸ってンだと、コツンとやって、曹長が言った。

「あの三匹の世話はアタシらの課業ジョブのひとつで、艦内カースト中、主計科が最高最強な理由でもある。誰も役目を替わりたくないに決まってるから。だから、今こうしてつかってる風呂も、使用順番、使用回数、使用時間のすべてで他の部署より優先、優遇されている。汚れ仕事の代償としちゃ、チと物足りないが、そういう事さ」

 そこでアタシの首にぐるりと腕をまわし、自分の方へグイと引き寄せた。

「でも、そんなアレコレ面倒メンドい事は、何もかにもが明日からだよ、明日から――な?」

「……はい」

 言葉とは裏腹、マジメな顔でアタシを見る曹長、そして、ふと反対側に目をやれば、そこには同じく少し気遣わしげな中尉殿。

 二人ながらに心配してくれている――そう思ったら、自然とアタシは頷いていた。

 そうだ。

 そうだよ。

 何の前ぶれもなくレッドカードをもらって、蹴飛ばされるようにして家を出て、無茶苦茶な出頭期日をクリアしようと頑張った。

 挙げ句の果てに得られたモノが、今しも戦地(!)に向かう乗艦に、中身おばちゃんな子供艦長、我が目を疑う人外漢(それも複数!)との遭遇。

 激動という言葉でもとても足りない運命の変化をみた数日だった。

 道中はただひたすら過酷で、一旦停止も熟慮再考も不可・不可能。

 食事はおろか睡眠だってロクにとれず、キツい事この上なかった。

 せっかくのお風呂なんだし、ゆっくりしてもバチは当たらないよね?

 ね……?

 ゆっくりトロトロ身体がとける。

 手が足が、湯船のなかでスルスルほどけてくんにゃりのびる。

『アレコレ面倒い事は、何もかにもが明日からだよ、明日から』

 まぶたがどんどん重くなっていき、曹長の言葉がもやがかかった頭の中で谺する。

 イヤなことは後まわし。

 面倒なことは後まわし。

 人外漢のことは後まわし……後まわし……後まわし……。

「お、おい、深雪……?!」「深雪ちゃんッ?!」

 どこか遠くの方でアタシの名前を呼ぶ声が聞こえるような気もするけれど、あたたかくって気持ちよくって、とても目をあけていられない……。

 ずるずると姿勢が低くなっていく。

 肩が完全に湯に埋没し、首がじりじり沈み込んでゆき、あごが湯に触れ、唇、そして鼻が水面下へと呑み込まれていった。

「わぁあッ?! このバカ! こんなとこで寝るなぁッ!」

「喚いてないで手伝いなさい! 引っ張り上げないと溺れてしまうわ!」

 中尉殿、そして曹長の焦りまくってる声。

 いったい何を言っているんだろう……?

 今は、おやすみ。おやすみなさい。

『アレコレ面倒い事は、何もかにもが明日からだよ、明日から』

 明日からきっと……、いや、一休みしたら、また頑張りますから、今は、おやすみ。おやすみなさい……。

 アタシの意識はそのあたりで陽光に溶ける淡雪のようにかすんで消えた。


 これが、アタシがレッドカードに指定をされた出頭先――大倭皇国連邦宇宙軍逓察艦隊所属の二等巡洋艦〈あやせ〉に乗艦しての一日目。

 よわい一八――強制的ムリヤリ社会人へいたいにされた初日の出来事=黒歴史だった。

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