27.巡洋艦〈あやせ〉―17『Creatures/人外漢たち―3』

「ほらほら深雪、脱げ脱げ脱げ」

 やけをおこしたような口調で曹長が言った。

 そう言って寄越した傍から、まるでお手本とばかりに自分の着衣を放り投げる勢いで脱ぎ捨てていく。

 船内服が宙を舞い、ブラがパンツがぎ取られ、けてない真っ白な肌、ぷるん、ぽよんとたわんで揺れる胸やお尻が目に飛び込んできて、アタシは慌ててそっぽを向いた。

 いくら同性だっても、いきなり目の前で全裸になられたら気まずいわ!

 これから湯船にかるからって、チョ~ッとはやりすぎじゃないですか?

 さっきまでいた場所、そこで体験したことを思えばムリもないけどサ。

 と、

 曹長、中尉殿、そしてアタシの三人が、現在いるのはフネの大浴場――その更衣室の中。

『撤収~! 退避、退避~ッ!』と(小声で)叫ぶ曹長に、引きずられるようにして連れて来られた場所だった。

 ここまでの道中ずっと、「フロ、ふろ、風呂で、みそぎだ、命の洗濯だ」とうわごとめいた呟きを聞かされつづけ、到着したら到着したで、「コレ、頭の上にっけときな」と妙なアイテムを手渡しされて今に至る。

 当の本人はくの如しで、着々、入浴準備を整えているけど、こっちとしては、正直、何をどうコメントしていいものやら――どう対応するのがベストか見当もつかない。

 よくお酒の席で、『今日は無礼講で』とか言うらしいけど、ウカウカそれをみにすると、後でとんでもない目にあうらしいし、

 かと言って、上役からのせっかくの言葉、心遣いをあたらにしちゃうと、『コイツ、お高くとまりやがって』とかにらまれそう。

 ぜんたい、用途しょうたい不明のアイテムも、必要だからアタシの分まで用意してくれたんだろうに、ろくに説明もナシの投げっぱでは画竜点睛を欠くというもの――ダメだと思う。

(なにコレ? 頭の上に載っけとけって、これからお風呂に入ろうっていうのに帽子ぼうし? 帽子なの?)

 ワケもわからず、手にしたアイテムの『意味』を理解するべく、ただいたずらにめつすがめつするしかないからサ。

 見た限り、曹長自身もこの謎アイテムを頭の上に載せてるし、直径四〇センチ、厚さ二センチくらいのアイテム――その中央部分は、頭のまるみにピッタリな感じでくぼんでる。

 全面、どぎつい蛍光ピンクで樹脂製だけど、でもって、これからお風呂にはいるんだけど、これは帽子で間違いないみたい。

「それはね――通称〈カンプウハット〉。正式名称を〈簡易形成気のう封入円盤帽〉といって戦闘航宙艦では入浴の際に必ずかぶっておくものなの」

 円盤帽の両端を持ち、それをブニブニたわませているアタシの様子に、何に困っているかわかったんだろう――「まったく。曹長ときたらしょうがないわね」などと溜息をつきつつ、中尉殿が教えてくれた。

 をを! まぢ察しの良い上官様で助かるぅ♡ などと感謝する間もなく、とんでもない追加情報をぶっ込んできてもくれたけど。

だから、入浴時の装着は必須で義務よ。でも、そうでなくとも自分の命は可能な限り自分自身で守るもの――そう心がけて、ウッカリ忘れたりしないでね?」

 は……?

 な、なんかサラッと言われましたけど、た、確かに宇宙でお風呂とか危険きわまりない冒険チャレンジだった。

『板子一枚下は地獄』のたとえにも似て、宇宙船の外には真空しかない。加えて本来重力の働きもない。

 つまり、人体を保護する装備もナシで大量の液体の中に浸かっている時間――入浴中に、もし万が一のアクシデントに見舞われたりしたら……、

 うわ、うわうわうわ……! 死ぬ! そりゃ死んじゃうわ!

 てか、窒息死に限らず、酸素マスクしてても減圧で死ぬわ!

 重力のくびきを解かれ、宙に漂う無数の水滴を吸って溺死だわ!

 そうだよ。だから宙免取る時、風呂は清拭だけだったんだ。

 遅まきながら、その事実に思い至って全身真っ青、心の底からゾッとした。

『ゆったりお湯につかるよ。お風呂だよ』『本当ですか、わ~い♡』じゃない!

 お菓子につられてウカウカ人さらいに誘拐されるちっちゃな子供か、アタシ!

 どうして甘い誘いにのる前に、安全面に関する確認を徹底しなかったのか。

 中尉殿や曹長が同行してるからって、そもそも軍隊が『安全』に留意する?

 ああ、アタシ、バカだ。バカバカ。ここ数日のムリで頭の回転が鈍ってる。

 と、そこで、

「コ~ラ、なぁに唸ってンだ」

 ごん! とショック頭頂部てっぺんにきた。

「まぁだ、こんな所でグズグズしてんのかよ。遅ぇよ、ッたく」

 ペタリと後ろから曹長が(裸のまま)貼りついてきた。

「軍隊じゃなぁ、入浴時間は有限なんだ。基本、一日一回。浴場内に滞在が許されてんのはたった三〇分の宝石より貴重な時間なの」

 肩越しにこちらを覗きこむようにしながら、そう言った。

「今、ことさら『滞在』っったのは、更衣室内ですごす時間も三〇分の中に計上されてるからさ。セコい事には、戦闘航宙艦の出撃中――一任務単位内における累計消費時間は自動的、機械的に記録され、時間超過に対しては罰則まである。一分一秒たりとムダにできる時間なんかないワケよ」

アンダスタン?』――言外の含みに、了解しましたと、コクコク頷く。

 そこで、ようやくと言うか、アタシが何に戸惑っていたのか気づいたよう。

「あ~、わりわりぃ。アタシとしたことが、さっさとあかを落としたい一心で説明をほっぽらかしてたな」

 頭をかくような気配が伝わってきて、スルリと背中から離れると、そのままアタシの前にまわってきた――すっぽんぽんで。

「それ、深雪に渡したそのアイテムな、〈簡封ハット〉っつーんだけど、風呂入る時には必須の品で、でもって、こうやって使うモノなんだ」

 言うや、その場でふいッとしゃがみこむ――頭の上に円盤を載せ、左右の端部を両手で握った状態で。

 身体をまるくかがませながら、その勢いも借りてディスクを下方に引っ張った。

「ビロロ~~ン♪」

 擬音付き。

 そしたら、まるでじゃばらみたいに透明な円筒がズラズラズラ~~っと後から後からひとつながりに円盤の端から繰り出されてきた。

 それを曹長は一気に足首あたり――床に接するほどまで引き下げる。

 全身がスッポリ包まれると、床面にコロンとお尻をついて両脚をもたげ、爪先の更に向こうで手にした端部をキュキュッとひねった。

 それでピタリとゆちゃくしたんだろう――曹長が手を放しても、筒の端部はほどける事なくくっついたままの状態を保った。

 超巨大シャボン玉の内部にスッポリおさまった(裸の)人間の完成である。

 あ~ネ。なるほどね。そうきたかぁ……と、頭の中は呆れと感心とが半々。

〈簡易形成気嚢封入円盤帽〉――〈簡封ハット〉使用法を見ての感想だった。

『どんなもんだい』みたいな顔をした曹長が、両手を広げ、つと立ちあがる。

 しゃがんだ時と同様、シュピッと素早い動作だったけど、筒の素材は薄いが柔軟、かつ丈夫だったようで、引っ掛かったり破れたりはしなかった。

 いや、もう、さっきは後ろ姿のチラ見だったけど、今は正面きって向かいあっているから気まずい事この上ない。

 曹長が堂々と仁王立ちしてるのに対し、こっちは気恥ずかしくって、首から上にしかまともに目を向けられない。

 露出狂だとかは言わないけれど、これが軍隊の『常識』なの? それともただ単に自分の身体に自信があるだけ?

 ま、おかげで気づいたけどね――曹長の頭上の円盤帽からプシューッと気体の噴き出すような音がしている事に。

 酸素――多分は、そうに違いない。

 緊急時、避難行動が完了するまでの間、呼吸を確保しておくための工夫なんだと思う。

 で、気体の補充があるから、も真空パックみたくキチキチにならずに済んでいるんだろう。

「と、まぁ、以上がコイツの使い方な? 了解? わかった? んじゃ、納得できたところで湯船にGO! こうしてる間にも現在進行形でこえ臭いのが染みこんでるぞ。それがイヤならGO、GO、GO、GO!」

 叫ぶように言うや、曹長は頭の上の円盤の両端をふたたび握ると、エイッ! とばかりにバンザイした。

 すると、元々そういう仕掛けだったんだろう――天に突きあげた両手の力だけとは思えないスムーズさで円盤と筒が分離する。

 まるでファスナーを開けたみたいに円盤の縁に沿って切れ目がはしり、あとはそのまま自らの重みでズルズルと筒が下へと落ちていった。

 うわ、ナマ……。

 アタシは思わずたじろいだ。

 たった一枚、それも透明――でも、自分こっち相手あっちの間に何かが在るのと無いのじゃ気分が違う。

 だって、触ろうと思えばじかに触れてしまうじゃん。

 アタシは、うわわ……とたじろいだ。

「ほらほら深雪、脱げ脱げ脱げ」

 そんなアタシに曹長は、痺れをきらしたみたいに襲いかかってくる。

 こちらに向かって腕を伸ばすと、船内服のえり口に指を引っかけ、ファスナーを一気に引き下げた。

「キャアッ!?」

 我と我が身をかばういとまもあらばこそ、悲鳴をあげる程度が精一杯。

 胸もとはおろかへそ下あたりまでもが外気にさらされた感覚。

 反射的に両手で前をかばって身体をまるめ……ようとする先手にブラを抜かれる。

 魔法か。

 気づけば、どういう手管てくだか、いつの間にやら船内服はもものあたりまでずり下げられて、パンツがあらわにされていた。

「や、やめてください」

 ゼロ距離な現状からなんとか脱したいけど、服がからんでままならない。

「げへへへへ……、逃げようたってムダだよ」

 顔には(わざとらしい)ゲスな笑みを貼りつけ、両の手指をかぎ爪みたいに曲げた曹長がジリジリにじり寄ってくる。

「いつまでも風呂場で服を着てたりするから、こうなるのさ。自分で脱げないのなら代わりに逃がせてあげるよ。ほ~ら、強制ストリップ。お次はいよいよパンツの番だよ、覚悟しな……ッ!」

 と曹長が手を伸ばしてくるのと、

「い、イヤ~ッ!!」

 とアタシが絶叫するの、

「やめなさい!」

 と中尉殿の怒号が響きわたったのはほぼ同時。

 コーーン! という小気味よい打撃音と、「あ痛~~ッ!!」と曹長のあげた悲鳴が更衣室の室内にこだましたのは、その直後だった。

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