26.巡洋艦〈あやせ〉―16『Creatures/人外漢たち―2』

「アレがあぶらみ……と、もとい、かぶらき瀆尉とくい

 相も変わらず抑えめの……、でも、棒読み口調なことが逆にその内心を告げている中尉殿の声が、アタシの耳許で(知りたくもない)異形のを告げてくる。

 脂か汗か分泌液ショ○ベンか――いずれ体液由来とおぼしき汁成分と、

 あかク○――どれも汚穢おわいである点は変わらぬ老廃物。

 それらが付着、たいせきし、したたりが筋を引いて、にごり、曇って、まだらに汚れた透明樹脂のその向こう側、

 中尉殿が指される先で、ぬる~、ぬる~と床の上を這いまわる巨大な肉……、いや、脂身ラードのかたまり。

 それを人間――鏑木なにがしとかって名前の軍人なのだと紹介してくれた。

『瀆尉』だなんて軍隊にうといからだけじゃなかろう初耳なかたがき付きで。

 うぇ~~、ちょっとマヂですかぁ。

 アレが人間? ホントに? ヒト?

 ちょっと信じられないっていうか、信じたくないっていうか……。

 事実だったら、肥ってるなんて段階をはるかに通りすぎてますよね。

 よく生きてられるもんだわぁって、いや、社会的にも健康メタボ的にも。

 なにか病気なんですか? なにか事情があってああなっちゃった?

 全体、どうしてあんな化け物……、と、存在を乗せているんです?

 ああ、その説明をこれからして頂けるんですね? わかりました。

 と、まぁ、

 今、アタシ……、ううん、中尉殿、アタシ、曹長の三人は、秘密の通路を進んだ並び順のまま、視察口まどの前で身を寄せ合うようにして、そこから見えるあれやこれやについてコソコソヒソヒソやっているのだった。

 聞き手はアタシ。説明役はもっぱら中尉殿がつとめるって案配で。

(汚)部屋の中のあれやこれやについてちくいち教えてもらってたんだ。

 その様を言うなら、ちょうどアレかな。アレよアレ――アタシが子供の頃、『アリの観察キット』って教育玩具があったんだけど、アレの超特大版を三人ならんで観察してる最中な感じ。

 今でも売られていると思うから、知らない人はいないと思うけれども念のため――透明ケースの内部に土、もしくはその代用品と何匹かのアリを入れ、巣作りする様子を観察しようというアレね?

 ただ、まぁねぇ……、今、三人で見ているモノも、その中に入っているのがアリだったならまだマシなんだろうけどねぇ……。

 そしたらエサをあげたり、運良く捕まえた中に女王でもいたら、『ををぅ!』って歓声モノだったかも知れないのにさぁ……。

 これが人間となると、どうしてこうも救いのない気分になるんだろう。

『ナマケモノ』って札が下がったおりに人間が寝転がってるのと似た感じ?

『男やもめうじく』なんてことわざにもあるけどもさぁ、それを地で行ってどうするって、なんともゲッソリしちゃうよねぇ。

 ヤモメに限らずオトコの一人暮らしは、まぁ、ロクな事にならないって見本……の域ははるかに通りすぎているけど、まぁ、そういう事、なのよねぇ、きっと。

 ちなみに、セットになってる『女やもめに花が咲く』の方の真偽は知らない。

 ちょっと贔屓ひいきが過ぎるんじゃないかな? そんな人ばかりじゃないような……とも思うけれども、それはさておき!

 幸いにして、アタシはそんなゴミみたいな実例にふれる事なく今日これまでの日を生きてきたんだよ?

 そりゃ、実家が畜産農家だから、飼育していた畜獣に時にはウ○コをぶつけられたりした日もあった。

 スポーツやってた関係上、汗臭い男性選手とか、手入れされずに腐ったウェアとかにも身近で接した。

 でもね、物事には限度があるでしょう?

 畜獣と同程度の人間なんてダメだよね?

 住んでる所がゴミ屋敷。

 着ている服があかまみれ。

 いい加減それも退くけど、それ以下っていうのは一体どうなのさ!?

 アタシはあごに梅干しを作りながら、ついらした目を再び室内に向ける。

 確認できた異形の数は全部で三体。

 それがこのフネに巣くってる全部。

 全部がスライムかアメーバもどき。

 ブヨブヨぬるぬるとした脂身の塊。

 アタシより大きな軟体動物もどき。

『化け物』――思わずそう口走ってしまったけれど、(でもって、いまだに信じられないでいるけれど)それらはクリーチャーではなくれっきとした『人間』なんだって。

 百万歩ゆずったところでアタシにはミュータントとしか思えないけど、生物学的にはどういても『人間』に区分するしかない生き物に間違いないって言われたわ。

 そして、『オトコ』……、いやいや、『オス

 まさかまさかの同国人だと言われてしまった。

 でもって、このフネ……、いや、このフネのみならず、我が国宇宙軍の宇宙船に積み込まれ……、と、もとい! 乗り組んでいるオトコの艦船乗務員は、程度の差こそあれ、全員あんな姿をしているとの事!

 衝撃の(どころじゃ済まない)事実!

 そりゃ隔離もするわ!

 異臭も、装甲扉も、中尉殿、曹長の二人がここに来るのがいかにも気鬱きうつそうだったのも、全部が全部、納得だわ!

 世の中には知らない方が良いこともあるって言うけど、まったく真理ね。こんなのアタシも知りたくなかったよ! ってか、さっきからすンごくイヤな予感がとまらない。

 何故、イヤなのに、着任初日の新兵をわざわざこんな場所まで連れてきたの?

 曹長だけならまだしも、中尉殿も同道されているから嫌がらせじゃないよね?

 いっそイヂメとかだった方がまだマシな気もするけど、これってまさか……?

 まさかマサカで真逆よね。アハハ、そんな事あるワケないわよ、まっさかぁ。

「……で、あっちのひときわだる~んと垂れているのが垂水たるみ瀆尉で、向こうの壁際でのが久坂くさか瀆尉ね」

 指と視線で、それぞれの場所をポイントしながら中尉殿。

 なんで平気……っていうか、そんな冷静なんです中尉殿!?

 おかしい、オカシイ、可笑しいよ! 絶対間違いなく変!

 化け物……じゃなくったって異常生物ではあるでしょう!?

 キログラムじゃなく、トンで体重を計るような手合いスよ!?

 存在自体が迷惑……、と、もとい、非常識きわまりない!

 身体に花を咲かせてるってぇのも、よく見りゃいぼじゃん。

 フジツボみたいにデカいけど、かさぶた、吹き出物の類だよ。

 って、言ってるそばから久坂瀆尉の様子が変……って放屁おなら!?

 信じられないけども、アタシには他に表現の語彙がない。

 突然、その身体から、ばふッと黄色いガスが噴出したの。

 杉の木が花粉をまき散らすみたいに全身あらゆる所から。

 肛門しりのあな――どこかわからないけど、そこからだけじゃない。

 フジツボみたいに全身に生えてた疣から噴出されたのよ。

 寄生生物? それとも人工肛門みたいな何か? 何なの?

 脳が自分の目で見たモノを解釈できずにフリーズしてる。

 いや、落ち着けアタシ。出所がどこかはこの際置いとけ。

 久坂瀆尉の身体から出た気体は、色が室内の空気と同じ。

 とすればアレは毒ガス。有毒な気体で間違いないんだわ。

 尻の穴から出ようが汗腺からでようがオナラはオナラよ!

 熟成されたこえつぼのそれよりも濃い独特の臭気に確信する。

 二重のフィルター越しでコレ。ぐのはゴメンだわ!

 って、ちょっと待ってよ。何でここまで臭ってくるワケ!?

 そりゃ装甲扉も貫通してたけど、ウソでしょ、こんなの!

 化け物のオナラで、我が身が黄色く染めあげられちゃう!

 血の気が引いたその瞬間、

「曹長!」

 打って変わって鋭い声で、中尉殿が叫んだ。

「有毒成分濃度測定は実施を継続中にアリ。危険示度はイエロー。なおも上昇中。緊急退避は行動開始いつでもよろし。艦内環境維持システムは、隔壁閉鎖、排気全開即時実行待機中!」

 呼びかけられた曹長も、これまでが信じられない機敏さ、真剣さでもって応じて返す。

「よし。ここまで。総員、即時退避する」

 間髪を入れず、中尉殿が断を下した。

「了解! っと、逃げるぜ、深雪!」

 グイとばかりに曹長が、立ちすくむアタシの腕を引っ張った。

 なまじ照明があるせいで、足許にわだかまる黄色い靄が明らかにその濃度を増しているのがわかる。

 早く、早く逃げなきゃ……!

「深雪、『おかし』な、『おかし』!」

 悲鳴をあげないでいるのが精一杯なアタシの方をわざわざ向いて、曹長が場にそぐわない妙な言葉をかけてくる。

「は?」

「『さない・けない・ゃべらない』だよ――子供の頃に習ったろ?」

 ああ、そういえば。

防備そなえはしてても、今、コケでもしたら大惨事だぜ?」

「は、はい!」

 それは確かに!

「ここから出たら風呂に直行だ。ゆったりお湯につかれる大浴場行き! けがれを落とすみそぎだぜ!」

「え? え……?」

 ふ、風呂? 宇宙なのに? 軍隊なのに? え? まぢ……?

「ノリがわりぃぞ。だいたい、そうでなくてもこの四日間、風呂なんて入るなんてなかったろ? もっと喜びな、ホレ」

「わ、わ~い♡」

 そんなやりとりをしながら、焦らず慌てず狭い通路を逆戻り。

 再びくぐり戸を抜けて装甲扉の直前の場所へ出た時は心の底から安堵した。

 だから、

「アレが、アタシたち――世話する相手なんだぜぇ」

 がきっと首に手をまわしてきながら囁くように言われた曹長の宣告に、

「えぇ~ッ!?」と悲鳴をあげる結果になったんだ。

「それがの業務なんだよ。業腹だけれど連中の存在は軍にとっては不可欠で、でも、その実態は、ああだから、誰かが管理しなきゃなンないの」

 そ、そんな……!

 愕然としつつも頭の中で、パチンパチンとパズルのピースがまってゆく。

 今わかった。

 このフネに着き、艦長のもとへ出頭した際、なぜアタシが家畜の扱いに慣れていることを重要視している様子だったのか。

 何故、後藤中尉と御宅曹長が、この部屋に来たがらなかったのか。

 そして、主計科室で曹長が言った、『担当決め→ブタ小屋行き→風呂』――中でも『禊と恢復』なる文句。

 あの時は、『さすがは軍隊――体育会系。仕事の後は裸の付き合いで親睦を深めようって事かしらん』なぁんて、呑気に思っていたけど、とんでもない!

 中尉殿と曹長の二人は自分たちを待ち受けてるモノがわかっていたから、その段取り付けをしていただけだった。

 マヂか……。

 他にはなにも言葉もなく、アタシはただただ立ちつくすしかなかった。

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