25.巡洋艦〈あやせ〉―15『Creatures/人外漢たち―1』

「オトコ!? いま、『男と会う』って言いました!?」

 アタシは混乱した。

「さっき、このフネには男はいないって」「言ってないわよ」

 焦って発した問いは、完結する事なく御宅曹長から言下に否定される。

「我が国宇宙軍にあっては、男女比がおおきく女性優位に傾いているって言っただけ。戦闘艦艇ではね、駆逐艦以下の艦種、艦体サイズだと無理なんだけど、このフネみたく、二等巡洋艦以上のクラスには必ずいるのよ――

 そんなぁ……。

 つい今し方の安堵は早とちりだったと言われて、アタシはうめきたくなった。

 あ……、で、でも、ちょっと待って? 待って?

 艦内の風紀を乱さない用心にしたって、男性が往来するエリアとアタシたち女性用のエリアの区分けが装甲扉って(異常に)厳重すぎません?

 隔離って言うか、もはや封印レベルで、こっち入ってくンな感がスゴい。

 担当業務がダブるものとか無いのかな? 食事や休憩その他も完全に別?

 いざ戦闘って状況になっても、艦の運用上、それで問題とかないのよね?

……状況が事ここに至ればわかるけど、主計科室を出てからここに来るまでの中尉殿、曹長のかもし出してた重苦しい雰囲気、そして装甲扉に書き殴られていた文字群、いま曹長が口にした『匹』呼ばわりと、このフネに限らず、我が国宇宙軍って男嫌いの集まりなのかしらん。

 そう思えてしまって仕方ない。

「曹長、深雪ちゃん」

 中尉殿の声がした。

 今さらながら、「あ」と思ってそちらを見れば、装甲扉脇の壁に向かって何やら操作をされていた。

 さわっていらっしゃるのは小さなターミナルボックス

 もしかしなくても装甲扉の操作用だろうか。

「行くぜ」

 曹長に促され、中尉殿の方へ足を踏みだした瞬間、ビーーッ! ビーーッ! と警告音(?)が鳴り響く。

 同時にゴトン! と重たく硬質な音がして、中尉殿の前――ターミナルボックス脇の壁が、くぐり戸ほどのサイズに口を開いた。

 ををぅ、装甲扉じゃなくて、そっちですか。

 とんだフェイント。

「……隠し扉みたい」

 忍者屋敷か、それとも独裁者なんかのイザって時の脱出口か――アトラクションででもなければ、およそ初めて目にするギミックに思わず呟く。

「まぁなぁ……、そんな感じで、めったに使うようなもんじゃなければ、ホント良いんだけどよぉ……」

 それを聞きつけた曹長が、なぜだかあきらめの混じったような表情でポツリと言った。


 隠し扉をくぐると、そこは狭い通路になっていた。

 配管路パイプスペース内部みたいな空間。照明はあるけど薄暗い。

 常夜灯よりは明るいものの、それでも足許に不安がない程度。

 そこを中尉殿を先頭に、アタシ、曹長の順で先へ進んでいく。

 換気は十分にされている……、もとい、不十分かも知れない。

 何となれば、足許に、薄黄色いもやが、もは~んと漂っている。

 鼻栓とかマスクとか、既に対策済みだが、なんともヤな感じ。

 おろしたての新品なのに、靴とか服に臭いがつきそうでイヤ。

 まぁ、それはさておき、

 歩調は今までより遅い。

 当然と言えば当然だろう。

 頭の中は疑問符で満タン。

 わからない事ばっかりだもの。

 オトコに会う――それはいい。

 良くはないけど、納得はした。

 女性が多いフネの事とてオトコは隔離されている――それもいい。

 子供艦長を筆頭に変なのはいても、同性と異性じゃ負担感ストレスが違う。

 ただ問題は、

 宇宙船……、それも軍艦にはおよそ似つかわしくない異臭と、

 その侵入を防ぐためと言わんばかりに設けられていた装甲扉、

 そして、自分で自分の顔面――目、鼻にほどこした防御手段、

 抜け道みたく、出入り口が人目から隠されていた秘密の通路、

――って、アレ? 問題ばかりじゃん!?

 なに、ナニ、何なの!?

 これもそれもどれもあれも、全~部が、『オトコがいる』、『オトコに会う』――ただそれだけの為に必要とされてる事なんだよね!?

 何なの!? このフネだけが特殊ってワケでもないだろうから、軍隊の宇宙船に乗ってるオトコって『ブタ小屋』――法的な意味でも、衛生的な意味でも、そういう場所に閉じ込められる決まりになってンの!?

 牢屋!?

 畜舎!?

 両方!?

 いやいや、さすがにオトコってだけで可哀想というか、ここまで『ヒト・モノ・カネ』を動かすんだから、誰もが納得できるちゃんとした理由があるのよね!?

 それは、多分、この異臭に関係あることなんだろうけど……。

 それって……、ナニ?

「主計科ってサ」

「は、はい」

 後ろから曹長が話しかけてきた。

「主計科ってのは、いわゆる兵科じゃないから直接的に戦闘行動に関わったりはしないんだ」

「はい」

「そのせいもあって、全乗員中に占める頭数は少ない。このフネに関して言えば、それはたったの三人となる」

「はい」

 一七二人中の三人だから、そりゃ少ないよね。

「でも、他の部署と較べても、力関係的に劣ることはないって言うか、ぶっちゃけウチらが最強だ」

「え……?」

「もちろん、日常生活メインの人間関係のはなしだぜ? それに艦長とか副長といった別格もいるし、一〇〇パーそうなワケでもない。けど、主計科の立ち位置ってのはそんなモンなんだ――どうしてだと思う?」

 突然質問してきた。

 またムチャ振りを。

 まぁ考えますけど。

 さてね、フムフム。

「……艦内の食糧事情を担っているからですか?」

 アタシは言った。

 日常生活絡みと曹長は口にしたから、まさかに医療関連じゃあないだろう。

 とすれば、主計科が担っている業務みっつのうち、該当しそうなのは給食。

 日々の料理の献立やそもそもの品揃えという、誰しもの関心事たる一点か。

 が、

「ブ~~ッ!」

 ブザーの口真似をして、曹長はアタシが出した答を不正解と言った。

「なかなか良い線ついてるし、それはそれでアリなんだけど、でも、それと同じか、それ以上に重大な任務をアタシらが担当しているからっていうのが正解さ。ホラ――」

 と、通路の先――進行方向を指さした。

 通路の壁から鈍く光が漏れ出している。

 全面金属の通路に窓が開口されていた。

 をを、光……。光だ! 外に出られる!

 窓であって、扉じゃないけど関係ない!

 アタシは前を行く中尉殿に追いついた。

 曹長のことも意識の中から消えていた。

「落ち着いて、深雪ちゃん」

 ここまで息が詰まりそうだったからか、無意識に足がはやくなったアタシを振り返った中尉殿が制止する。

「深呼吸して、リラックス、リラックス」

 両肩をガシッと捉えられ、顔を――目を覗きこむようにしてそう言われた。

「は、はい」

 わ、意外と中尉殿って力が強い――そう思いながらも指示に従う。

 深呼吸。

 深呼吸。

 鼻栓とマスクを重ね着しているせいで、少々(かなり?)やりにくいけど、でも、可能な限り大きく、静かに呼吸を繰り返した。

 ドキン! と跳ねた鼓動が、しだいに穏やかになっていくのがわかる。

 そんなアタシをじっと観察しつづけて、どうやら納得してくれたよう。

 中尉殿が手を放してくれた。

「口許を手でおさえて。絶対に叫んだりしないで」

 でも何故だろう――身体を寄せてくると、ささやくように声を落として言ってきた。

 その言葉にも従い、アタシが手を口許にやると、ちいさく頷き、目線で窓を指し示された。

 窓から『外』を見る許可が出た。

 中尉殿と並んで窓――以前、ドキュメンタリー番組か何かで観た深海潜航艇のそれみたく、すごく分厚い透明樹脂がめ込まれたすぐ傍にまで移動する。

 そろそろとうかがうように首を突き出し、そこでアタシが見たモノは……、

『地獄』だった。

 そう言う他、アタシの乏しいボキャブラリでは形容しきれない惨状がひろがっていた。

 いくら隔てられていると言っても、おなじ宇宙船の中とは信じられないほど汚染され、ただれきった室内。

 装甲扉をしてなお臭うのも当然と思える腐界。

 しかも、そこには何やらうごめくモノの姿があった。

 ヒト……? いや、(絶対)違う。

 でろでろに溶け崩れた山盛りラードみたいな姿の人間などいない――いる筈がない。

 それは、『異形』――そうとしか呼びようのない何かだった。

 住環境が『地獄』そのものならば、そこに住まっているモノもまたしかり。

 さしずめ(悪の)魔法使いが異界から召喚した『魔物』ででもあるに違いない。

「ば、クリーチャー……」

 呆然と……、アタシはそう呟いていた。

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