24.巡洋艦〈あやせ〉―14『オリエンテーション―8』

「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

「あ、あの……ッ!」

 気がつけば、唇からポロリと声が飛び出していた。

「なぁに?」「どした?」

 アタシの両サイドを並んで歩く上官ふたり――中尉殿と御宅曹長が、揃ってこちらに目をむける。

「い、いえ……、その……ですね、あはは……」

 何か用事が、言いたい事があったワケじゃない。ただ、どうにも気詰まりだっただけ。

 主計科室を出てからこの方、一言の会話もなく、ただ通路を歩いているだけの状況に。

 ズ~ン……と、擬音が聞こえてきそうなくらい重苦しい『圧』を感じつづける状況に。

 アタシがやるべき事は、案内にしたがい一緒に歩いて行くだけ――それはわかってる。

 でも、口火を切ってしまった。何か――何かを言わなくちゃ。

 不自然に間を開けないよう、軽くもなく重すぎもしない話題。

「そ、そういえば、このフネって女の人ばかりなんですね」

 脳を全力回転させたがあったか、なかなかナイスな振りを思いついた。

 が、

「え」――中尉殿。

「え」――御宅曹長。

 何故だか二人が二人とも、アタシの言葉に目をまるくする。

 えっ? アタシ、そんな変なことを言ったかな?

 警備府までアタシを迎えにきてくれた中尉殿と曹長は置くとしたって、このフネに足を踏み入れて以来、それがどこであっても見かけるのは例外なく女性ばかりだった。

 もちろん、たまたまだろうけど、生まれて初めての一人暮らし、軍隊生活をおくるにあたり、その偶然がなんだか嬉しかったんだ。

 だってそうでしょ? 長期の宇宙生活なんて、〈宙免〉取得時を除けば経験ない。

 右も左もわからないのに、それに加えて上下関係とか異性と一つ屋根の下とか――一体どうせいっちゅうねん!? と困り果てていたんだよ?

 いや、笑い事じゃなく、たとえば、お風呂上がりの下着姿で自分の周囲をうろつかれるのは、親兄弟だったらまだ許せても、見知らぬ他人がやったら、それって立派な(?)犯罪じゃない?

 もちろん、規律に厳しい(だろう)軍隊で、そんな不埒ふらちは無いと思う、ってか思ってた。(過去形)

 現実はねぇ……、アタシの召集をめぐって賭がおこなわれてたり、何より、あの子供艦長を見ちゃったからなぁ……。

 何でもアリか!? と疑う気持ちが芽生えてしまってるんだよなぁ。

 ごく時たまに観たドラマから得た程度でしかない知識――アタシの認識の中では、軍隊というのは体育会系の究極(?)に位置する集団で組織。

 パワハラはまだしも、それにセクハラまでもがないまざったら、でもって、このフネにゃ独自のローカルルールがあるんだなんて言われたら……、人生経験にすらとぼしい自分じゃ対処に困る。

 現に、軍服に着替えなくて良いのか中尉殿に質問した時、艦長がアタシの私服を見たがっているから後回し、なぁんて事を乗艦早々言われてもいるし……。

 心配が杞憂きゆうと笑われることはないと思うんだ。

 だから、をきっかけにすれば少しは会話もはずむかも――そう思ったんだけど、二人の反応を見る限り、何か問題あったよう。

「そっか、知らないんだ……」

 曹長が呟き、そして、中尉殿が、

「あのね、深雪ちゃん」と言った。

「私たち大倭皇国連邦宇宙軍の男女比は、およそ二対八だと言われているわ。圧倒的に女性が多いの」

 予想外の事実を告げてきた。

「え……?」

 アタシは驚く。

「何故そうなっているかは、おいおい教えてあげるけど、まぁ、そんな次第で、口さがないの人間たちの中には、我が国宇宙軍わたしたちのことを〈〉と呼ぶ向きもあるのよ」

「『いーす』……ですか?」

 アタシが首をかしげると、中尉殿は頷いた。

「そう。〈The Empire of Her Stars〉――『女たちの帝国』ってね」

「ははぁ……」

 なんかもう、そんな返事をするしかなかった。

 イナカ者ですけど、それにしたって初耳です。

『女たちの帝国』って割には、そんなに女性の待遇良くはないって思うけど……って、あぁ、宇宙軍だけを指して言う語だったっけ。

 ま、取りあえず、このフネと言わず、宇宙軍そのものの中に異性おとこが少ない、もしくはいない。

 それって取り分け逃げ場の無い閉ざされた環境下フネのなか、かつ、いつ終わるとも知れない日常生活をおくる上では極めて重要。ポイント高い。

 そう思っておく事にする。

 だって、そうでしょ?

 朝起きて、身だしなみを整え、食事して、仕事をこなして、余暇を癒やしをくつろぎを得て眠る――なに変わることのない平凡な時間をおくるのに、そこに異性の目なんてモノが存在したら台無し……って言うか、時間のが変わってしまう。

 誰もが常在戦場――デートに臨む時みたく、四六時中気を張り詰めてだなんていられるワケがないんだから。

 彼氏にしたって旦那にしたって、程よい距離で、イベント時間限定で、一緒にいるくらいの方が(未婚で恋愛経験すらないけれど)和気藹々わきあいあいかつ関係が長持ちすると、アタシは思う。

 がそうだし。

 いつもは、『バカップル』、『万年新婚!?』ってウンザリする程、ベタ甘なのに、何がどうしてそうなるのやら、急転直下離婚して、なのに気がつきゃ、いつの間にやら元サヤなんだもの。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。

 いい年をして距離感その他がバグってるからそうなるんだろうね。

 その都度ふりまわされる娘としては、正直たまったもんじゃない。

 子供の頃から今まで、何回、父方/母方と苗字が往復したことか。

 まぁ、そんな私事はさておき、

 どれくらい歩きつづけたのかな――とある場所にてアタシはほぼ条件反射的、無意識のうちに鼻をひくひくうごめかせていた。

「なにか……、臭くないですか?」

 おそるおそるにそう言った。

 清潔な艦内に似つかわしくない、なんとも場違いな異臭を鼻腔に感じちゃったから。

 変な臭い――生ゴミや汚物が熱と湿気と時間の経過で練られて放つのにも似た臭い。

 どこか妙に獣臭い……、ちょうど畜産を営む実家で日常的にいでいた、家禽かきんや畜獣たちの体臭にも似た臭いだ。

 より正確に言うと、薄汚れて不潔に染まった皮膚、毛皮、汗、泥、ドブの臭い。

 口から食べたものがお尻から出る――その排泄物が発酵&腐敗して放つ汚物臭。

 もっとも近いと思えるものは、いっそこえ溜めから漂ってくるそれのような、といったところか。

 まかり間違っても、〈女たちの帝国〉にふさわしい香りではない。

 そして、

 その臭いはアタシたちが向かっている先――通路の、直角に折れたコーナーの向こう側から漂ってきているようだ。

「ああ」

 アタシの言葉に、曹長もヒクヒクと鼻をうごめかした後、うなずいた。

「深雪は鼻がきくな」

 似つかわしくない沈んだ声でそう言った。

 アタシの肩越しに中尉殿へと目を向ける。

「ウン」

 アイコンタクト?

 アタシにはわからない――二人だけに通じる何かがあったんだろう。

 曹長に軽くうなずくと、中尉殿はポケットの中から点眼薬タイプのコンタクトとスティック状の鼻栓、大振りなマスクを取り出し、アタシに手渡してきた。

「え? あ、あの……?」

 そりゃ受け取ったけど、さすがに意味がわからない。

 だけど、そうしてさ迷わせた視線の先で、中尉殿も、そして曹長も、今、アタシの手の上にある三種類と同じアイテムをそれぞれ目に注し、また、装着してた。

「コンタクトの使い方は普通の目薬と同じでいいわ。およそ五秒くらいで眼球保護膜が形成されるけど、その間すこし視界がにごって見えづらくなるから注意してね? 目の外に溢れた分は指先でかるく拭えばきれいに剥離はくりするから心配ないわ。事後の除去方法は、また後で教えてあげる。

「鼻栓とマスクは除菌消臭成分含有のフィルターよ。いちおう強制機能内蔵で通気は確保されているけど、慣れるまですこし息苦しいかも知れない。でも、これは慣れてもらうしかないので我慢してね」

 アタシが戸惑うことは織り込み済みだったか、中尉殿がテキパキとアイテムの使用法、注意点その他を講釈してくれる。

 中尉殿と曹長、ふたりの様子からしてモタモタ迷っている時間はない――そう判断して、アタシも指示にしたがった。

 そして……、

 通路の角を曲がると、いきなりそこは行き止まりだった。

 一目で装甲扉とわかる、ものゴッツい扉で塞がれていた。

 が、

 くだんの異臭は、まず間違いなくその扉から……、より正確には、その扉の向こう側から漂ってきてる。

 見た目通りにそれが装甲扉なら、気密状態が破れた万が一に備えた造りになっている筈。

 なのに……、

 ピッタリと扉は閉ざされているのに、完全に密閉されてる筈なのに、それでも臭いはそこからにじみ出てきているのだった。

(なに? なに、コレ? 一体、何の扉? 中尉殿も曹長も、ここに何の用事があるっていうの?)

 不穏……と言うより、いっそ不気味に感じる成り行きに、思わずゴクリと唾を飲む。

 見れば、扉には大きく、『危険』、『汚染区域』、『関係者以外立入禁止』と殴り書きされ、とどめとばかりに生物汚染バイオハザードのピクトグラムがデカデカ表示をされていた。

 そして、それら後から書かれた文字に隠され、塗り潰されるようにして、『飛行科』という本来の表示だろう文字がかすかに顔をのぞかせているのだった。(正確に言うと、何故だか『飛行』と『科』の間には、数字の『一』の字が明らかに手書きで付け加えられていたりしたけれど……)

「さぁ~て!」

 その場の悪気を払おうとするかのように、曹長がパンと両手を打ち鳴らした。

 え? ご対面? ここで? 今から? 誰と?

 目を瞬き、口をポカンと開けたアタシに向かって、ニッと笑った。

「オトコと会うよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る