23.巡洋艦〈あやせ〉―13『オリエンテーション―7』
「――と、これで以上よ。明日からはこのスケジュールで動いてね?」
中尉殿が言った。
「わかりました」
手許に送られてきた
御宅曹長のせい(おかげ?)で変更された業務案内の流れが旧に復し、自分がこなすべき仕事の内容や勤務時間等についての説明を受けていたのだけれど、それが今完了したところ。
まずは『お試し』ということで、メインの仕事道具となる
で、
正直いうと拍子抜け。
成人はしても身分的にはまだ扶養家族で学生なアタシは、(実家でのそれを除けば)マトモに働いた経験はない。
だから、こんな事を言うのはおこがましすぎるんだろうけど、『その程度でいいの?』――中尉殿から指示された『仕事』に対するそれが率直な感想だったんだ。
なにせ、指示をされたのは、
不慣れどころか未経験者だから当然な対応だとは思うけど、子供が学習ドリルをやるのと大差ない。
実家でやってた『お手伝い』を思えば、全然楽って言うか、申し訳なさすら憶えるレベル。
一日二十四時間のうち、
事前に、『戦場(かも知れない場所)に行く』と教えられてなかったら、『軍人って、なんて楽な
と、
「中尉殿~」
御宅曹長の声がした。
机の上に軟体動物みたく、だらんとノビてるような
いや、もちろん推測。
だって、〈纏輪機〉上にはキチンとした
アバターって便利だ(笑
で、中尉殿は(当然のように)無視。
前科(?)もあるし、声の調子から、どうせロクな事を言おうとしてないと判断されたんだろう。
でも曹長はしつこかった。
「ちゅういどの~」
「…………」
「チュ・ウ・イ・ド・ノォ~~」
「減俸」「しようったって、現時点で手取りゼロですよ~」
さすがに
「……何なの?」
根負けしたか、肉食獣の唸り声を思わせる声で中尉殿が訊いた。
「担当分けの件、あたしから話しても良いっすか?」
一瞬の沈黙。
「……早すぎるんじゃない?」
なんだろう――中尉殿の口調が、つい今の今までのものとは変わっていた。
うるさウザッたそうにしてたのが、今はマジ。
「んん~~、確かにそう思わないでもないんですけど、ブタ小屋の件がありますからねぇ――いつ連れていきます? 明日ですか?」
ブタ小屋?
連れてく?
不穏な。でもって、モロにアタシに……、アタシ
ブタ小屋って何だろう? 犯罪者の収監施設を意味する俗語じゃないよね。
牢屋に入れられるような悪い事なんてやってないから、それは違う……筈。
そもそも主計科って総務、経理畑なんだから、犯罪関連は管轄外じゃない?
でもなぁ……、最先端技術の結晶、かつ戦闘用の宇宙船の中で
絵面的にも違和感ありまくりで、絶対と言って良いほどありえないよねぇ。
従ってこれも却下。だから、何かを示す隠語という以上の事はわからない。
……などと、アタシが頭を悩ませている間にも中尉殿と曹長の話し合い――状況は動き続けていたようだ。
「『担当決め→ブタ小屋行き→風呂』の流れに『
曹長が言うと、
「そうね。そうかも知れない。深雪ちゃんなら、きっと大丈夫だろうし……、そうしましょうか」と、すこし考え込んだ様子の後に、中尉殿が頷いたの。
そしたら途端、
「よっしゃ! んじゃま、そーゆー事で――聞いてたよなぁ、深雪ぃ!」
「は、はい……ッ!?」
中尉殿の同意が得られた瞬間、叫び声と変わらない強さで曹長がアタシの名を呼んだ。
「メンドクサい事、イヤな事――避けては通れない事なら、ンな事ぁ、とっとと終わらせるに限る。先送りしたって、どうせ逃げられないんだからな――そだろ!?」
両手を腰に、フンスと胸を張り気味に言う。
「ってなワケで、今日中に片を付けておきたい案件はふたぁつ!」
片手を突き出し、ピンと一本、指を突き立てた。
製造側の想定外か、それともON/OFF出来るのか――軍人らしからぬポーズだけれど、これには〈纏輪機〉の補正機能が働いてない(と思う)。
「まずは
ん~?――と
「ちなみに中尉殿は医師免許を持ってらっしゃるから衛生担当。アタシは会計士免許を持っているから経理を担当してる。だから――」
「だから、あ、アタシに司厨担当になれって事ですか!? む、ムリですよ! そもそも訓練も何もロクに受けてませんから、兵隊として半人前どころかシロウト同然ですし、お二人みたいに資格も免許も持ってませんし」「アダ名が〈殺人シェフ〉ですし、かい?」
大して頭が切れなくたって、空気が読めれば曹長の言わんとするところなどは自明の理。
アタシはその結論をなんとか回避しようと、声を振り絞るように言ったのだけれど……、
「な、何故、それを……!?」
聞きたくもない、思い出したくもない黒い過去をズバリ、白日の下に
アタシが、まだ基
学校行事の林間学校で、参加者全員が食中毒となった件。
当日の食事当番はアタシ。で、アタシは一人無事だった。
イジメ、仕返し、愉快犯――後日、事件性を疑われたけど、当然と言うか、結果はシロ。
ただただ単に、コックをつとめたアタシの料理の腕が壊滅的どころの段でなかっただけ。
学校や世間――周囲の大人たちがどう騒ごうと、それが事件(!)の真相、真実だった。
かくして無事、退院してきたみんなから、アタシがつけられたアダ名が『殺人シェフ』
ヒドいよねぇ。ちょっとヒドすぎるって思わない? 全然、わざとじゃないのにさぁ!
だいたい、アタシは何ともなかったんだし、みんなが虚弱すぎるだけなんじゃないの?
それを毒とか凶器とかさぁ、大袈裟すぎるし、失礼すぎよね……って、そうじゃない!
なんで!? なんでなんでなんでなんで、一体どうして、そこまでアタシの事に詳しいの!?
「ゴメンね、深雪ちゃん。召集をかける際は、対象者の身辺情報は、どんな
ショックで固まるアタシに対し、中尉殿が頭を下げる。
あ~、なるほど、そういう……。なるほど、ねぇ……。
「でも、
〈纏輪機〉の補正だけではないだろう――
「ぜんたい、そんな心配することないっての」
そんなマジメな雰囲気を、『やれやれ。つまんない事で悩んじゃって、まぁ』と言わんばかりにブチ壊しにして御宅曹長。
「司厨担当の主な仕事は
でも、そうは言っても、主計科員は三人しかおらず、それぞれ担当を持つっていう事は、全員が何かの業務の長――責任者ってことですよね?
いや、ムリっしょ! ってか無茶苦茶ッしょ!
だから、
「でも……!」と、考えがまとまる前に感情が口をつきうごかした。
状況はわかる。でも、やめてもらわなければ――その一心だった。
「あ~、もぉ!」
そんなアタシの反論を遮り、御宅曹長が頭をかきむしる。
「シャラップ!
「ヲイ!」
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