22.巡洋艦〈あやせ〉―12『オリエンテーション―6』

「はい、見えてます」

 中尉殿の問いにアタシは頷いた。

「よろしい」

 中尉殿がニコッと微笑む。

「要員作業卓の認証および登録手続きは無事に済んだから楽にしていいわよ」

 指示に従いアタシが手をひざの上におろすと、

「それじゃ、これからこの先、深雪ちゃんにやってもらう仕事や艦内設備についての説明をします」

 待ち望んでいた言葉を口にしてくれた。

「まず、ここは主計科室。そして、私、御宅曹長、それから深雪ちゃんの計三名は、その科員ということになります」

「はい」

「主計科が担当する業務は主に三つ――経理、衛生、しちゅう。要するに、補給と医療と給食ね。民間の会社で言うなら、総務や経理に相当するのかな」

「もちろん、それだけが全部じゃないけど、ま、おおまかに言えばそうなんだって覚えときな~」

 そんなセリフと同時――唐突な感じで、中尉殿の姿を映し出してるディスプレイの中にダブルでピースサインをキメてる御宅曹長がした。

 って、え……ッ?

 位置関係がおかしくない? &そんなポーズ、絶対、中尉殿に怒られますよ?

 あわてて視線をめぐらしたけど、さっきまで立ってた場所に曹長の姿はない。

 常識的に考えるなら、アタシの真後ろ――自分の席に戻っていったんだろう。

 でも、カメラが捉えている映像からすると中尉殿の隣にいる事になる――お仕事モードをブチ壊しにして。

 知り合ったばかりだけれど、でもって自由洒脱な人のようだけど、TPO無視で危険はおかさないよねぇ。

(違和感しかないなぁ)

 第一、もしもそうだったら――曹長が中尉殿を映してるカメラに横入りしたのだったら、二人の距離はもっと近いはず。それこそほおと頬とを寄せ合うくらいに。

 ことさら言うまでもなく、物理的に危険がアブない至近距離――またもやタブレットが凶器と化して唸りをあげそうな間合い。

 だけど実際のところ、中尉殿と曹長は、優に一メートルは間を開けた状態で、会議か何かの時みたいな案配で『整列』してる。

 そこでアタシは気がついた。

(そもそも中尉殿の映像にしてから変なんだわ)

 漫然とみているだけだったら気づかなかったかも知れない。でも、曹長の乱入(?)のおかげで疑問点が明確化した。

 アタシがそうであるように、カメラの向こうの中尉殿も席についていらっしゃる――椅子に腰掛けていらっしゃる筈。

 なのに、ディスプレイに映し出された中尉殿にはって当然、無ければおかしいその椅子の像――

 つまり……、

「曹長、あなた減俸ペナルティを覚悟なさいね」

 考えをめぐらすアタシの耳に、ヒンヤリ底冷えのする中尉殿の声がとびこんでくる。

「三人しかいない科員の、しかも新人教育にはなから茶々を入れるというのは一体どういう了見なのかしら」

「え? え? ち、違……。けっして、そんな邪魔するつもりなんかじゃなくて……、ただ、その……、そう! 深雪って何か勘が良いでしょう? そ、それで適宜てきぎリファレンスを差し挟んどいた方が教育も逆にはかどるって思ったんスよ、いやホント」

 中尉殿が口にした、『減俸』という一語が堪えたか、御宅曹長が弁明の言葉をベラベラベラッとまくしたてる。

「どういうこと?」

 中尉殿が眉をひそめた。

「こういうことっス――なぁ、深雪ぃ!」

「は、はい!?」

 いきなり名前を呼ばれて、ちょっと返事がうわずった。

 なにしろ上官同士のやりとりだもの。内容がイマイチ、なんだかなぁ、であっても言葉をはさめるもんじゃない。

「これまでで気がついた事があったら言ってみ?――何でもいいから、ホレ早く!」

 また無茶振りを。

「ホレ早く! 何でもいいから、ホレホレホレホレ!」

 そんな突然フラれても、何が何やら。

「ホレホレ、何かあるでしょ!? ホレホレホレホレ!」

 なんか必死。その切羽せっぱ詰まり方がチョッと怖いんですけど。

「頼むよ。これで減俸されたら、マイナスなんだよぉ」

 もぉ! 仕方ない。腹をくくってアタシは答えた。まぁ新兵の言うこと――間違ってたって大事ないでしょ。

「えっと……、気がついたことって、たとえば、今、アタシが見ている映像は実写ではなく、CGに違いない、とかですか?」

 ウン。そう考えるのが、もっとも矛盾が無いって思うんだ。

 何故、そうする必要があるのか、理由はわからないけどね。

 すると、

「ホラ! ほら、中尉殿、どうです。アタシの言った通りでしょう!?」

 満面の笑み。きんきじゃくやく――間一髪で危地を脱したって顔で御宅曹長が叫んだ。

 え? 今のが正解なんですか?

 中尉殿を見ると呆然としてる。

「すごいわ、深雪ちゃん……」

 ほとんどささやきに等しい音量だったけど、向こうのマイクとこちらのスピーカーは確実にそれを拾って中尉殿の声をアタシの耳へ届けてきた。

 驚きと喜び――賞賛の気持ちがそこにはあふれてて、アタシは面映ゆい気持ちで一杯になって、画面越しでも中尉殿とまともに目を合わせられなかった。

 パン! とが鳴る。

「よし、曹長」

 中尉殿が言った。

「深雪ちゃんに免じて、減俸はナシとしましょう。と言うか、すこしの間、あなた席を外してくれない? 今のこの感動を台無しにされたくないの」

「ひど……ッ」

「というワケでね、深雪ちゃん?」

 投げつけられた言葉にショックを受ける曹長をよそに、中尉殿はアタシに声をかけてきた。

「けっっして御宅曹長の手柄じゃないけど、業務案内の手順をすこし変更します」

「はい」

「ウン。まず最初に、だけど、主計科室に入った時、机の配置に限らず、部屋全体の間取りにとまどった事と思います」

「はい」

「もちろん、それには理由があるわ。あのね、ううん、どう言えばいいのかな……。ああ、そうだ、たとえば私たち宇宙軍の航宙艦乗員は、民間のそれとは異なり勤務時間内はずっと自分にあてがわれた席に着座したままで課業をこなすの」

「え?」

「つまり、そうしてないと危険ということ。民間の船舶と戦闘航宙艦が違っているのは、その使用目的。『敵』と戦う時――不意不規則、かつ過剰なまでの加速度変化がともなう空間戦闘時に、艦内にある乗員が身体を固定する支持具もなく、保護具もないでは、良くて大怪我。悪ければ……、ね?」

 わかるでしょ?――中尉殿の目がそう言っている。

「だから、一日二四時間を三交代――八時間からなる勤務時間は、ことさら立ってウロウロしなくて大丈夫なよう、自分にあてがわれている席上でメシから大小トイレに至るまで全てをこなせるように出来ているのサ」

「曹長!」

 これ以上よけいなマネをするなと釘を刺されたにもかかわらず、ことさら尾籠びろうな説明をする御宅曹長に雷が落ちる。

 それに対して、ふてぶてしくもおどけた感じで首をすくめる曹長。

 そんな部下をひとにらみすると、中尉殿はコホンとちいさく咳払いした。

「もちろん、フネには慣性中和装置が備えられてるわ。でも、加速度変化のすべてを瞬時に『無かった事』にするのはムリ。だから、せめても乗員を艦に固縛した上で耐G姿勢を統一しておく――それをベースに戦闘航宙艦は設計建造されているの」

「でも、そうすっと今度は乗員間のコミュニケーションが円滑さを欠くものとなるだろ? それで――」

「TV会議みたいなこの方式が採用された、と」

 ホントしょうこりもない。

 叩かれても叩かれても頭を出してくるモグラ叩きのモグラみたい。中尉殿に何度注意されてもクチバシを挟むことをやめないんだから……。

 そんな御宅曹長の、すこしタメが入った結論オチを聞くのが待ちきれなくて、アタシはついさえぎるように先取りしちゃった。

「ご名答~!」

 でも、それで別段、気分を損ねた様子もないのは流石さすがにオトナかな。

「〈戦術支援乗員間意思情報伝達システム〉――通称を〈纏輪機でんわき〉って言うんだぜ。ネット上に〈会議室〉――仮想現実空間を構築しといて、そこに乗員それぞれのアバターを配置。〈会議室〉内に『在室』しているアバターを介してを可能とする。会話だけじゃなくって色んなデータもやり取りできるし、〈会議室〉のも、小は一部屋から大はフネ丸ごとまで任意設定できるから、ま、戦闘航宙艦内の乗員情報伝達手段としては今んとこベストって言える絡繰からくりじゃね? どうよ?」

 って、いきなり訊ねられてもねぇ……。

 正直、ふえ~~と溜息しかでませんよ。

 や~、そうなってたんだぁくらいしか。

 と、その時、

「曹長」

 説明し終えて、どや顔してる曹長をシンと静かな声で中尉殿が呼んだ。

「あんた、やっぱ減俸」

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