21.巡洋艦〈あやせ〉―11『オリエンテーション―5』

「をを! いいじゃんいいじゃん、似合ってるじゃ~ん♡」

 入室した途端、耳に飛び込んできた文句がそれだった。

 話しかけてきたのはお久し振りな(感じの)御宅曹長。

 場所ところは主計科室――アタシがこれから働く事になる職場。

 兵員室を出た後また歩き、連れてこられた場所だった。

「思ってたよりも早く艦長から解放されたみたいっスね」

 仕事をしていた手を止め、曹長がこちらにやってくる。 

 すぐ傍まで来ると、アタシの隣に立つ中尉殿に向かってそう言った。

「副長が同室していらっしゃったのよ」

「うへぇ……。なるほど了解したっス」

「そちらはどう? 作業は完了した?」

「モチのロ~ン。万事遺漏いろうありやせん」

「言葉遣い! 悪い手本を見せない!」

「我が身を犠牲の反面教師教育っスよ」

「バカおっしゃい! まったくもぉ!」

――等々々。

 アタシを間に挟んで上官二人の言葉が交叉こうさする。

 普通だったら居心地の悪い時間で空間だと思う。

 でも、アタシは全然、気にも苦にもしなかった。

 余裕? いやいや、まったくそんなんじゃない。

 とてもじゃないけど余裕なんて持てるワケない。

 落ち着いてなんてない。我関せずなのとも違う。

 目の前の風景――室内の様子に固まってただけ。

 クエスチョンマークで頭が満タンなだけだった。

 アタシが目にした主計科室内の様子――それは、

(は? ナニこれ? 机が三つ、それを縦一列にならべた階段室? ちょっとワケわかんないんですけどぉ。ナニこれ? ナニこれ? 一体なんなの!? 一部屋マトモにしつらえるだけのがなかった? それで机の配置が不自然きわまりなくなった? でも、それならそれで、も少し工夫のしようもあったでしょう。こんな、床に半埋め込み式に座席を設置しちゃったら、もう何をどう変更しようもないじゃない。部屋のが変、レイアウトもいじりようがないとか、不自由すぎ! ユーザーフレンドリ-じゃないって言うか、使いにくいったらないよ。まったく! なんなのよ、コレ。プライベートルームはタコ部屋で、仕事場はウナギの寝床なワケ!?)

……と、まぁ、そーゆーこと。

 中尉殿につづいて部屋にはいったら、そこはやたらと細長い、超・長方形な部屋だったの。

 正面――視線方向に短く横方向にひょろ長い、先の兵員室ほどじゃないけど『変』な部屋。

 で、まず最後尾の席(とんでもなく巨大なヤツ)の側面が目に入って、『わぁ』となった。

 デカい。とにかくデカい。天板は、奥行きはともかく横幅はざっと六メートルはありそう。

 それが縦一列に三台、手前から奥(艦首側?)へ、順々に低くなる感じで並べられている。

 席数たった三つの階段室だよ? アタシが『えッ?』となっても、それは当たり前だよね?

 寸法も寸法だし、床に半埋め込み式みたいだし、位置も向きも何にも変えられそうにない。

 軍隊に限らず仕事中に無駄話おしゃべりは禁物だけどもコミュニケーションが著しく困難というのもどうなのか。

 チームワークとか仕事の効率とか安心感とか――メリットもイロイロあると思うんだけどな。

 と、

「ほらほら、行くよ~深雪~」

 いつまでも突っ立ってるばかりでらちが明かないと思ったか、御宅曹長がアタシの手を取り引っ張った。

 机の列の真横をはしる段差の緩やかな階段をトントントンと降りていき、一番前の席まで連行された。

「今日からここが深雪の席な」

 でもって、さっさと座れとばかり、つないでいた手をはなすと、今度はアタシの背を押し催促してくる。

「え……、わ、わかりました」

 頷きつつも、アタシはそこで躊躇ちゅうちょしてしまう。どうにも一歩が踏み出せない。

 だって、階段――通路から見おろした席が、まるでタコつぼみたいなんだもの。

 部屋の内装が全体にシック? 暗色系なのに加えて机の天板が真っ黒クロ介。

 目が疲れないようにって配慮? 照明に不足はないのに薄暗く感じてしまう。

 まぁ、入口に続き、ここでも立ちん坊するワケにもいかないから、おっかなびっくりの底まで降りていったけど。

 ほんの何段かの短い階段――その先にはすンごくゴツい椅子、バカデカい椅子が座面をこちらに向けて待ち構えてる。

 これ二人掛け? どんな巨人が座るワケ?――思わず呆れちゃうほど幅広の、差し渡し二メートル以上はある椅子が。

 意味不明にデカいヘッドレストにオットマン付き。なんか仕事用と言うよりとでも呼んだ方がいい代物だわね。

 他に選択肢もないから座りましたよ。ええ、座りましたとも。そしたらグルンと九〇度――椅子が回転するじゃない。

 あ、と思う間もなく身体が机に正対してて、背もたれ、座面がグニグニ身体の下でうごめいて、アタシの形に最適化フィットした。

 同時に椅子が前方にスライドをする。机の天板は、平面型が『コ』の字になっていたから、そこにまりこむかたち。

 いや、もうデカイ椅子なので、方向転換や机との距離調節はどうする? 人力? ムリと思ってたから助かった。

 同時に目が点。笑ってしまうとこだった。だってそうでしょ? 子供向け英雄活劇ヒーロードラマのギミックみたいなんだもの。

 で、現在アタシは個室ぽい――ブース状とでも言ったらいいのかしらん、なくぼみの中にスッポリされている。

 部屋の全景どころか自分の間近しか見えない。つまり、壁、(室内通路に上り下りする)階段、机の天板だけしか。

 あてがわれた机は最前列だし、せめても前方くらいはと思ったけれど、そちらはついたて様のモノでふさがれている。

 自分から遠い方の端に、多分はディスプレイ――そう推測できる横長のパネルがズラリと並んで立てられてんの。

 仕事に集中、専念できると言えば聞こえは良いけど、逆に言うなら、仕事以外に出来そうなことが何もなさそう。

(兵員室はタコ部屋で、職場はウナギの寝床、でもって個人の席はタコ壺かぁ……)

 のっけから溜息しかない気分。ナニ、この大して広くもない部屋で、互いが隔離されてるような孤独な環境。

 わかんない事とか緊急時なんかの対応とかはどうすりゃいいの?――すべてがこれからなのに不安しかない。

「中尉殿~、こっちは準備おっけーでぇす!」

 その時すぐ傍――ななめ上から御宅曹長の声が降ってきて、反射的にビクッと身体が跳ねた。

 曹長の存在を完全に忘れてた――焦ってそちらを見上げると、部屋の後方に顔を向けている。

「深雪~、机の正面向かいのディスプレイ――そのセンターあたりに注目して、ンでもって両掌を机の上にピッタリ付けて~」

 それがこちらに向き直り、目が合った途端に新たな指示を言ってきた。

「まずはその席の使用者認証するからさ~。網膜と掌紋の登録するんで姿勢をキチンとな~」

 なるほど。

 予想通り(と言うほど大したものじゃないけど)、やっぱりディスプレイだった衝立のセンターあたりに目を向けて、両掌をそろえ天板上にペタリとつける。

 すると……、

 机の天板――真っ黒なガラス? いやいや、多分は透明な樹脂パネル製の天板が、突然、キラキラキラと輝きだした。

 どこまでも深い――それこそ宇宙みたいな闇色をした黒水晶の、その底知れぬ奥の方から光のしずくが後から後からこんこんと湧き出してくる。

 まるで(おとぎばなしにでてくる)宝石箱のよう。

 綺麗……。

 とっても綺麗なんだけど、でも、一体これはなに?

 すぐ目の前で、あかるさを、を、動きを、時々刻々、とりどりに変化させていく輝点の群れに、ともすれば見入ってしまいそうになるのを堪えてアタシは考えた。

 あ、そうか。きっと天板には制御卓コンソールの機能が組み込まれてたんだ。それで曹長の呼びかけを合図に、タッチパネルとかインターフェイスの類を中尉殿がリモートで起動させたんだ。

 天板に着けた両掌にたわむれるように輝点がまとわりつく様を見て気づく。

 でも、毎回そんな面倒なことをするとも思えないから、初回だけ、たとえば保安対策とかで第三者……、ううん、上官の立ち会いというか、許可がいるってあたりじゃないかしらん。

 頭がフル回転しているのか、そんなところまで。

 そうして、ジッとしていること(多分)数十秒、

「深雪ちゃん、見えてる?」

 見つめていたディスプレイ上に中尉殿の顔――より正確には上半身が映った。

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