18.巡洋艦〈あやせ〉―8『オリエンテーション―2』

「大倭皇国連邦宇宙軍逓察艦隊所属二等巡洋艦〈あやせ〉」

 中尉殿が言った。

 艦長室を後にしてからずっと通路を歩きつづけてる――まだその道中でのこと。

 ぺたぺたした感じに弱い粘着性がある床の感触をくつ裏に感じながらの事だった。

 何故、そうされているかはわからないけど歩きにくい。つまづく程じゃないけどサ。

(何これ? 何の必要があってこうしてるワケ? ゴ○ブリほいほいでもあるまいし……)

 ホント、軍隊ってワケわかんない――そう思ってたら、中尉殿がふいにそう言ったんだ。

「組織面に関することは副長が説明されたから置くとして、このフネのハード面についてかるくレクチャーしておきましょうね」

「わ、あ、ありがとうございます……ッ」

 アタシは慌てて頭を下げる。

 このフネの人って、心の機微を読むのが上手だから、いま思ったことバレてないよね? ね?――と、すこし焦りながら。

 まぁ、でも、中尉殿の提案は、正直助かる。

 突然の召集で事前準備も何もするヒマなどなかったし、とにかく知識が不足してるもの。

 もちろん、これから自分でも調べまくって覚えまくるつもりではいる。

 でも、詳しい人から教えてもらえるようならそっちの方が効率がいい。

「まず我が国、我が軍の戦闘航宙艦は、命名ルールとして、二等巡洋艦の名前は河川よりとられる事になっているの」

 戦艦が旧国名、空母が瑞祥おめでたい事物で、一等巡洋艦は山岳、駆逐艦は天象地象からといった具合にね、と人指し指を宙でフリフリしながら中尉殿。

「このフネ――〈あやせ〉は、〈ゆうばり〉級の二番艦として建造が開始され、〈あやせ〉級の一番艦として完成したわ。開始時と完了時で級名が異なっているのは建造中に大幅な設計変更があったから。だから、このフネは、改〈ゆうばり〉級、〈あやせ〉級と級名には二通りの呼び名がある。ややこしいけど、由来にかかわる部分なので頭の片隅にでも置いておいてね?」

「はい」

 ウン。確かにややこしい。シロウト的には、どちらかに統一すればいいんじゃない? って思うけど、きっと、単純にそうもいかない何かがあるんだろう。役人オトナの世界は大変だ。

「それでフネの要目だけど、全長:一七四〇メートル、全幅:一五二メートル。主兵装:一四〇センチ集束ビーム砲×六、彗雷発射管×四。戦闘用艦載機×四……、いや、現時点では三ね。そして、乗員数は一七二名プラスアルファ」

 んん? 『プラスアルファ』?

 終わりの一語に疑問がいた。

 なんで数字が固定じゃないの?

「サイズの割りに乗り組んでいる人間の数が少ないなって思ったでしょう?」

 アタシの方をちらと見て、中尉殿が訊いてくる。

 例によって、一見で感情のれを察したらしい。

 まぁ勘違い……だけど、ホント心を読まないで?

「主な理由は、肉体作業に区分される実務を汎用型の極限環境対応半自律作業機械に担当させているから、かな。そうした省力化をはかることで乗員数を抑えているのよ――と、このあたりで階層フロアを移動しましょうか」

 エレベーターの扉の前で中尉殿が足を止める。

 ほとんど待つこともなく来たケージに入ると、

「艦長室からここまでの通路で何か気づいた?」

 ケージの壁に背をもたせかけて質問してきた。

「え? 気づいたこと、ですか……?」

 問い返しながら、アタシは頭の中を総ざらえする。

「えっと……、壁とか床の所々に表示がありました」

 でも、残念。それくらいしか思い浮かばなかった。

 そう。延々と伸びる通路の途中、あるいは通路同士が交叉している所のすぐ脇あたりに、デッカく肉太ゴチック書体で数語の英数字が緑色で描かれてたんだよね。

 他にはめぼしいモノは無かった……と思う。もちろん、見過ごし、見落としてしまっただけかもだけど、目的地まで歩いてる途中でそこまで周囲まわりを観察せんわ。

 あ~もぉ、難易度高いよ中尉殿。いったい何に気づけというの? アタシは新兵以前のお荷物に過ぎず、通路は通路――単なる人の通り道でしかないでしょう?

 が、

「ご名答~」

 意外や、アタシの答は正解だったよう。

 ニッコリわらって中尉殿がパチパチ拍手してくれた。

 めとンのかとは言わない。失望されずホッとした。

 ケージの上昇が止まり、扉が開く。

 中尉殿に先導されて、ふたたび通路を歩いていくと、程なくくだんのマーキングが施されてある場所が見えてきた。

『HZ2ホ-R』と『HZ2ホ-L』、『HZ2ホ-B』と『HZ2ホ-S』――左右の壁面、そして床面に記された緑色の文字。

 今まで目にした類似のそれと較べると、『2』、『ホ』の部分だけが違ってる。

 どうも連番くさいんだけども何だろね? 

『HZ2ホ-R』は一方の壁、『HZ2ホ-L』は反対側の壁に描かれているから、表示末尾の『R』と『L』は『右』、『左』……かな?

 床面の『HZ2ホ-B』、『HZ2ホ-S』の方は、それぞれ文字列のてっぺん同士をくっつけ合わせ、一種、鏡映しな感じで描かれている。

 つまり、『HZ2ホ-B』を正常に読める向きからすると『HZ2ホ-S』の表記は倒立してるし、『HZ2ホ-S』の側に立ったら『HZ2ホ-B』は天地が逆になっている。

 という事は、壁の表記と考え併せれば、『HZ2ホ-B』、『HZ2ホ-S』はフネの前後方向――(何の略語かまではわからないけど)『B』が『艦首』で、『S』が『艦尾』を指す語なのじゃないかしらん。

 で、

 その伝でいくと中途の『ホ』の字は、(おそらく)艦首からの距離もしくは区画――基点となる場所からどれくらい離れているかの目安ぽい。

 総じて考えるに、これらの表示を見たら現在の自分の立ち位置が把握できるって事じゃないのかな……。

「我が国の戦闘航宙艦は、共通してその主要ストレスメンバー――骨格構造体の横断面は正三角形なの」

 中尉殿の声がした。

 アタシは慌てて意識を現実に引き戻す。

 が、

 一切の前置きナシ&の振れ幅大きすぎ、で言葉はわかるけれども何を言ってるのかがわからない。

「戦闘機動にともなう応力変化に備えてだけど、それはさておき、艦体の外殻側から内側へ向け、内部空間には三つのゾーニングが施されている。すなわち『兵装区画』(Armament Zone)、『防御区画』(Vital Zone)、『居住区画』(Habitable Zone)」

「あ……!」

 なんとか、そこで追いついた。

 焦ってアワアワしたけど、そこのくだりでピン! ときた。

「そうなの。深雪ちゃんが推測しているのだろう通りで、これらの表示は現在位置を示すもの」

 概略だけどね――そう言って、現在、私達がいるのは『居住区画』、

 このフネの一番内側で、一番安全なところなのよと教えてくれた。

「あ、そ、それで……」

「ん?」

「それで表示の色がグリーンなんですか」

 根拠らしい根拠もない。ふいのひらめきが声になっただけ。

 無意識で、つい言葉が洩れただけの事だった……のに、

「すごいわ、深雪ちゃん!」

 気づけば中尉殿に、ムギュ~ッと抱きしめられていた。

「賢い! なんて賢い! ヒントも何もないのに、ほんのわずかな証拠から正解に辿たどり着くだなんて、ホント賢いわ! なに!? なに!? 深雪ちゃんってば、『真実はいつもひとつ』とか言っちゃうヒトなの!?」

 抱きしめられるだけでは済まずに頭をでられ、かいぐりかいぐり良く出来ました♡ とばかりみくちゃにされた。

「そうよぉ、ここは居住区画第二層、艦首最先端部から五ブロック離れた所なの。そうして表示の色は、深雪ちゃんが言い当てた通りに乗員安全度によって違えられている――居住区がグリーン、防御区画がイエロー、兵装区画がレッドといった具合にね!」

 言う事ないわ。どんピシャよ! あ~ん、こんな頭の良いコを部下にできるだなんて、艦長……、いやいや、神様に感謝しないといけないわ!――と、あまりに過分、オーバーすぎる賛辞を浴びせかけられた。

「あ、あの……ッ、今のは単なるマグレ当たりで……ッ!」

 アタシは必死で声を絞り出す。

 迎えの短艇に乗り組む前――警備府内の待合室で初めて会った御宅曹長みたいに興奮しきった中尉殿に、嬉しくなるどころか逆にビビってた。

 違うんです、中尉殿。アタシはそんな賢くないし、優秀でもない。贔屓ひいき目に言っても『フツー』なんです。お願いですから、そんな期待値ハードル上げないで……!

 御宅曹長同様、振りほどけないレベルの力強さで抱きしめてくる中尉殿に、心の底からそう願った。

 そして、

「あ、そうだ。深雪ちゃん」

 フッと身体に加えられる圧が消えたと思ったら、少し……、ほんの少しだけ間隔を開けた中尉殿が訊いてきたんだった。

「深雪ちゃん、下着は着けてる?」

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