17.巡洋艦〈あやせ〉―7『オリエンテーション―1』

「やっと終わったわねぇ」

 ようやく艦長室から退出できて、思わず、ふぅと息をもらしたら、通路のドア横でアタシを待ってくれてた中尉殿が、クスクス笑いながら声をかけてきた。

 片手を胸の前に持ち上げ袖口のあたりに目をやって、時計の表示を読んだんだろう――

「一時間弱かぁ。副長が艦長室にいらっしゃったのは予想外だけど、そのぶん早めには終わったかな。とにかく艦長のおはなしは、やたらと長くかかるから、ある意味、体力勝負なのよね」

 いや、気力かな? と言って、またクスクス笑った。

「とはいえ、軽佻浮薄かんちょう重厚謹厳ふくちょうのどちらが良いかとかれたら、それはやっぱり微妙だけどね。私だって、どちらか選べと言われたら判断に迷うだろうし……」と小首をかしげる。

「いずれにしても草臥くたびれたでしょう? ただでさえ、ここへ来るのに無理もしてるし」

「だ、大丈夫です」

「そう? じゃあ、これから深雪ちゃんが寝起きする事になる部屋まで行くけれど、一旦休憩するか、それとも更に艦内各処を案内するかは、そこで決めましょうね?」

「わかりました」

 アタシはうなずいた。

 優しい。そして親切だ。

 なんだか、上司、上官と言うより、お姉さんみたいな感じ。いや、実際、『姉』はいるけれど。

……でもさぁ、いくら気を遣ってもらっても、『疲れたか?』と問われて、『ハイ、そうですね』だなんて言えないよ。

 心配してくれてる事がわかるだけに、余計に言えない。

 そりゃあ確かにメッチャ疲れたけども。

 肉体的&精神的な疲労MAXだけれども。

 いやはや、まったく……。

 艦長は、アタシがイメージしていたエラい人の類型にまるで当てはまらない……どころか、マジもんの子供だったし、

 エラい人のイメージそのまんまな副長サンは、これまで感じたこともないプレッシャーをたっぷり味わわせてくれた。

 アタシは新米で一番の下っ端だろうから、そうおいそれと出くわすこともないだろうけど、でも、やっぱりなぁ……。

 直の上官や先輩なんかはいい人(みたい)で助かったけど、これから先、職場の人間関係(?)で苦労しそうな予感。

 しかも、レッドカードに『乗れ!』と指示されて乗ったこのフネは、これから戦場(かも知れない)場所へおもむく予定とかほざく。

 ナニソレ、聞いていないよ! だまされた! どうして、そんな罠にめるみたいなマネすんの!? 卑怯よ、卑怯! 超卑怯だわ!

『責任者出てこい!』――怒鳴りたい気持ちは今もあるけど、そうしたところで、もうどうしようもない事も理解してる。

(子供)艦長も副長サンも、戦闘する事になるとは限らないって言ってたし、その言葉を信じるしかないんだよなぁ……。

 で、

 まぁ、

 それより何より、

 気になっている。

 人間関係、近未来の不安をひとまず棚上げしても――それより何より気になってるってか、引っ掛かってるがあるんだな。

 そう!

 たった今、後にした艦長室の主――あの子供艦長のこと!

 おッかしいでしょ!?

 絶対おかしいよね!?

 だって、『子供』で『艦長』なのよ!?

 なんで両立できるの!? 変でしょう!?

 言語矛盾もいいとこ。おかしいって!

 でも、その不条理が、当然顔してまかり通ってる。

 軍隊なんだよ? トップが未成年とかヤバいよね。

 マジで自分の命にも関わってくるから大問題だよ。

 でも、アタシ以外は誰も気にしてないんだよなぁ。

 なんで……?

「難しい顔してどうしたの?」

 ウ~ンと考え込んでると、中尉殿が訊いてきた。

 アタシの顔を覗き込み、少し心配そうにしてる。

 申し訳ない……、だけど、これはチャンスかも。

「あ、あのぅ、艦長って……」

 アタシは胸の中にわだかまってる疑問を直球でぶつけることにした。

「ああ……!」

 でも、その途端、中尉殿が納得したって感じでポン! と手を打つ。

「いッけない! 艦長室に入る前、思わせぶりなこと言っといて説明ネタばらしするのを忘れてた」

 アタシに向かって手を合わせ、「ごめんネ? ついウッカリ♡」と謝ってきた。お茶目。

「あのね、村雨艦長はね――〈再生人リピーター〉なの」

 そう言った。

「りぴーたー……ですか?」

 聞き慣れない単語にアタシは首をかしげる。

 せっかく教えてもらったけれどわからない。

 学校で習った覚えはないし、親や友だち、ちまたの噂でも、およそ耳にしたことはない。

「そう、〈リピーター〉」

 オウム返しするアタシにうなずく中尉殿。

「〈複製人クローン〉のことは、あなたも知っているでしょう? 〈リピーター〉は、そのバリエーション、と言うか上位互換になるのかな?――とにかく、そんな感じの存在なの」と、自分の中で適切な言葉をいかにも探り探りしている様子で説明してくれる。

 一生懸命な感じに、ちょっとほのぼの。

「それはまた貴族階級のひとつでもあるわ」

 とか思ってたら、を~い! イキナリとんでもない追加情報きたんですけどォ!?

 貴族!? 貴族ってナニよ!? あのク○ガキ……、いや、お子様が貴族ってこと!?

「〈兵民〉と言ってね――宇宙軍において、佐官以上の高級将官は、軍人としての功績が大なるを認められ、かつ、本人の希望があった場合に限り、きんじょうへいか直々に爵位を授けられ、貴族に列せられるといった制度があるのよ」

 あ、そうなんですね。アタシ、はじめて聞きました。

 でも、陛下が手ずから貴族に叙す程の功績って……。

 国家が対象者を英雄と認定するレベルって事ですか?

 ねぇ、ちょっと待って? 根本的におかしいでしょ?

 ほんの子供なあの子が一体いくつの時の功績なのよ。

 計算合わないにも程があるよね? あり得ないって!

 中尉殿の言葉をそしゃくし、理解しようとするけど無理。

 どう考えてみたって計算もつじつまもあわないよ。無理。

 あ~、もうワケわかんなくって頭の中がグルグルだ。

「つまりは、深雪ちゃんが会ったあの子供は、見た目通りの年齢ではないということ」

 は……?

「勲功ある軍人を顕彰し、特典として貴族籍を与える――それだけじゃない。晴れて〈兵民〉となった高級将官は、人格というか、記憶を含めたの採取・保存処置を施されるの。

「なんでも数年に一回の割合で採取と記録を繰り返し、データは更新されるそうだけど、ともあれ、そうして採取されたデータは肉体が耐用限界をこえる度、新しいクローンボディに転送、移植インストールされることになる。つまり、〈兵民〉というのは、一種の不死人イモータルでもあるわけね」

 は……?

 え? ナニ? 不死……?

肉体ハードは違えど個人としての意識ソフトは同一、かつ連続性をもって維持されている。であれば、それは一種の不死と言ってもいいでしょう?」

 はじめて聞く事実に泡を食うアタシに(とどめを刺すような感じで)中尉殿。

 こんせつていねいな説明と言うか……、あの、心を読まないでもらってもいいですか?

「何故そんなことをするかと言えば、優秀、有能な軍人を。たった一度の人生きりで希有な才能を使い捨てるのはもったいないというのが、その理由。

「軍人――とりわけ指揮官としての優秀性、有能性は、その発現を予想することがとても難しいわ。肉体的なそれと異なり、親が優れていたから子供もそうとは限らないし、がっこうにおける秀才が、戦場という極限環境でも能力を発揮できるかも不分明。が同一の〈クローン〉ですら、成長過程が異なれば、それは原型オリジナルとは異なる別個体。能力再現のほどは定かでない」

 だから、実績ある軍人――『英雄』のを作ろうと考えたってこと?

「つまり、軍人の優秀性、有能さは、個人のパーソナリティーにこそ由来すると結論づけるより他はなく、であれば、を度外視してでも、〈クローン〉のようなリニューアルモデルではなく、フルバックアップたる〈リピーター〉を軍は必要とする――そういうことなの」

 ああ、やっぱりそうなんだ。

「村雨艦長の正確なお名前は、村雨杏

「『#』の後の数字は、今が何度目の『生』であるかを示すもの。『三生』という呼称もおなじ。

「というワケで村雨艦長は、オリジナルボディからすると、つごう二回の再生処置を経験されてる事になるわ」

 と、そこでちょっと口ごもり、

「現在の身体については、再生時に何らかのトラブルがあったんでしょうね――通常、大人の身体で再生されるはずだから。

「困るのは、そうしなければならない何か事情があったのか、単なるトラブルだったのかに関してまったく説明がないこと。

「能力面での問題はないから、未成年と言うもおろかな『子供艦長』という謎存在を私たちも取り敢えず受け入れてはいる。

「ただね、それもあって、艦長のあの言葉遣いや態度が、お芝居なのか素なのか、今ひとつわからないままでもいるのよね。

「――と、遅くなっちゃったけど、これでオシマイ」

 なにか質問はある? と、中尉殿は説明ネタばらしを締めくくった。

「いえ……」

 アタシはフルフルかぶりを横に振る。

 質問もなにも、頭の中が飽和状態でマトモにものが考えられません。

 ただ一つだけわかった事。

 このフネの艦長の『子供』な面が、だとしたら、きっとおなかの中が真っ黒だろうし、素なんだったら、天然すぎて振り回されそう。

 つまりは、どっちにしたって関わり合いにはなりたくない――ヤバすぎでしょ~と、そういう事。

(うっかり出くわしたりしないよう、よくよく注意しとかなきゃ)

 ひとつ屋根の下、どころか、に逃れようもない密閉環境での暮らしが始まるってのに、なんとも前途多難だなぁ――溜息しかない気持ちでいると、

「まぁそういう事だからね――深雪ちゃん」

 中尉殿が声をかけてきた。

「はい」

「深雪ちゃんが今後、大手柄をたてて出世して、でもって宇宙軍に永久服役するなら、深雪ちゃんもエヴァーヤングな〈リピーター〉になれるかもよ? どう?」

「あは、あははは……」

 わらうしかなかった。

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