16.巡洋艦〈あやせ〉―6『出頭―4』

 アタシは頭の中がまっしろになった。

『原因は不明。大規模な天災事象の発生も考えられるが、敵性存在による攻撃をうけた可能性がより高い。いずれにしても、その原因究明のため、当該星系到達後、本艦は約二ヶ月余の時間をかけ、偵察・情報収集活動を実施することとなる』

 は……?

 え? なに? なにを言ってくれちゃってんの?

 どんなに大規模だろうと天災の方はまだいいよ。

 いや、良くはないけど、まだしも許容範囲だよ。

 でも、その後につづけた『敵性存在による攻撃』ってナニ?

 それで一つの恒星系が、まるっと音信途絶ってどういう事?

 ねぇねぇねぇねぇ、どういうコトよ、教えてよ!?

 雲の上の人相手に叫びそうになって、アタシはグッ! と血がにじみかねない強さで唇を噛んだ。

 ヤバいヤバいヤバい……! アタシ、ちょっと(?)浮き足立ってる。かなり泡を食っている。

 われがねのようにガンガン頭の中で反響しまくる今の言葉に取り乱してる。

 それは……、確かにアタシも覚悟した。――覚悟せざるを得なかった。

 レッドカードを受け取って、こんな場所までやって来たんだ、当然よ。

 でもね、戦闘航宙艦――我が国、国防の最前線に配属されるという事と、

 現在進行形でドンパチやってる最前線に立つのは意味が違うと思うんだ。

戦いますよ』っていうのと、『さぁ、これから戦うぞ』っていうのは全然ちがう――そうでしょう!?

 絶対絶対、こりゃ無いよ!

 シロウトをいきなり戦闘航宙艦に乗り組ませるのも無茶(苦茶)な話であるに相違ないのに、えてアタシはそれを問題化しなかった。

 出頭期限までの時間が皆無だったから、出発の準備、移動の手配を優先し、疑問に対する質問や、無茶振りに対する抗議は先送りした。

 ――そう思ってたから。

 とんでもなかった。

 様子見、後回しにしてたら、開けてドン!

 このフネ……、ううん、アタシの行き先の〈砂痒〉星系とやらが音信不通になった原因は、天災かもしれないけれど、そう考えるよりかは『敵』にやられたと考える方が妥当。

 まさしく絶句するしかないような結果が待ち構えてた。

 一つの恒星系まるごとヤっちゃうような『敵』と戦闘!?

 てか現在進行形でドンパチやってたなんて聞いてない!

 戦争!? 戦争なワケ!? 一体どこと!? そしてから!?

 知らない、知らない、聞いてない! 初耳まちがいナシだし寝耳に水!

 アタシが陸上バカのノンポリだからじゃなくて、国民全員知らないよ!

 もうヤだ! 今すぐここから逃げたい! 死にたくない! 自宅おうちにもどって、陸上競技に復帰して、元の暮らしを取り戻したい!

 だって怖いよ! 怖い怖い怖い……! アタシ、軍隊経験なんて全然ないのよ!? 役立たずだよ!? なのに戦場に向かう軍艦にわざわざ乗せるって、死ねってことなの!? ヤだよ! 誰かアタシを助けてよ!

「田仲一等兵……?」

 アタシの様子がおかしいことに、(ようやく)気がついたのか、副長サンが声をかけてきたけど反応できない。

「深雪ちゃん……?」

 中尉殿からのそれも同様だ。

 ヤバい。呼吸が荒い&早すぎる。――過呼吸だ、ヤバい。

 苦しい。いくら息を吸っても肺に酸素がはいってこない。

 呼吸を――対処法はわかっているのに無理。

 このままだとアタシ、気を失っちゃうかも。倒れるかも。

 ヤバい。こんな大事な場面で失神だとかあり得ないのに!

「カンチョ~ッ!」

 まッきいろな奇声と同時に身体の一部にとがった痛みが貫通し、「ぎゃッ!?」と絶叫したのはその時だった。

 反射的に飛び上がりかけ、でも、『カンチョ~ッ!』の凶器によって、その場にい止められて硬直する。

 あまりの痛さにがとまった。ぶッとい針で局所を突き刺されてしまった感じ。コレ間違いなく出血してる。

 と、

「もう……! まったくダメダメだわね、ウチの副長は。シチズンの気持ちがわかってないっつーか何つ~か……」

 ブツブツブツ……。

 すぐ間近から、ひとり言とも聞こえよがしともつかない声がきこえてきた。

 見ればアタシのすぐ前――ほとんどハグする近さ、胸の高さにおつむりがある。

 つややかな髪。つむじを中心としてティアラみたいに天使の輪っかが輝いている。

 問題(?)はその下――肩から伸びる両腕が、アタシのまんでる事。

 指先が胸のとっさきに痛みを生じさせ、アタシを飛び上がらせかけた事だった。

 そうだよ。痛みの震源地は胸だよ胸。アタシのおっぱい――その先っちょ。

『カンチョ~ッ!』だから、イコールお尻――肛○が痛かったワケじゃない。

 乙女にンな説明させんな。体育会系だって恥ずかしいものは恥ずかしいわ!

「あ~、もぉ、ホント! いたいけない新人チャンをこんな怯えさせちゃって……!」

 ひとり顔を赤らめるアタシをよそに、人のおっぱいの先端部分から手をはなすことなくなじり口調で、きいろい声はそう続ける。

 子供……、いやいや、もとい、このフネのトップ、村雨(だっけ……?)艦長。

「だ・か・ら、アタクシ様が言ったじゃない――『新しく来た子にこのフネのことをいろいろ教えてあげるのは艦長の役目よ。右も左もわかンない状態なんだからサ。優しくしてあげないと可哀想じゃない』って」

 ブツクサ言った。

 いやいや、それはそうかも知れないけれど、前振り(?)を思えば、その言いぐさはイマイチ(?)理不尽な感じよね。

 あんなダラダラ、雑談か説明なのかもわからないくっちゃべりを聞かされつづけたら、誰しもムダな時間と思うって。

 多分、アタシだけではなくて皆そう思うんじゃない? 何故か副長サンは例外みたいだけれども。

 目を向けてみたら天球儀の向こうで少し(?)気落ちしているような様子が見てとれたんだよね。

(え、なんで?)

 頭の上に疑問符がく。

 正直、怖そうで苦手な人だけど、TPO的にも役職的にも副長サンの方が真っ当じゃない?

 落ち込む必要なんかまったく無いし、間違ってるのは絶対絶対、この子供艦長の方だって。

 なんて思ったせいだろね――疑問、反感のまざった内心が、ついつい音声変換されていた。

「おまいう~」と。

 わぁ!? なに言ってンのアタシ!?――直後に後悔したけどもう遅い。 

「へぇ……?」

 アタシのと向き合う格好だった女の子の瞳が仰向あおむけられて、バッチリこちらをとらえてた。

「あ、あ、あ……、す、スミマセン。べ、別に生意気ナマ言うつもりじゃなくて、無意識に本音がって、あわわ……、そうじゃない! そうじゃなくって、ただですね、そ、そう! 時間もないとうかがいましたし、艦長? のショック療法で体調も元に戻りました。『カンチョ~!』で胸を攻撃するとか意表を突くもいいとこですけど、きっと、ビックリさせてシャックリを止める療法のバリエーションな感じなんですね。あはは……。と、いったところで摘まむのソロソロやめてもらっていいですか?」

 ゼロ距離からまばたきナシにジーッと凝視されてビビりまくる。

 とっちらかってしまって、思考より先に言葉がまろびでた。

 謝罪、おべっか、はぐらかし&要望――全部がごちゃ混ぜ。

 でも、最後の『手を放せ』のくだりは本音で切実なお願い。

 衣服と下着の生地越しなのに、握力強くて痛くてならない。

 のに……、

「え~? せっかく必殺技の名前をカッコ良く叫んでキメたのにぃ?」

 場をわきまえて、身をもがかせもせずお願いしたのに、駄々こね口調でブスくれられた。

「い、いや、必殺技も何も、それって『かんちょー』違いですよね!? 字が違いますよね!? 標的ターゲットがお尻じゃなくて胸なんですから、『浣腸』じゃなくて『艦長』なんじゃないですか!? にしたって、技そのものと技名の組み合わせが絶対、変ですよ!」

「あっはっは……。そこはそれ、技を掛けたのが誰なのかってぇ自己紹介とのコラボだわよ。実際、あんた、今、アタクシ様を呼ぶ時、『艦長』の語尾に『?』を付けたじゃん」

「う……」

 スルドい……ってか、よく聞き分けてるわね。感心するわ。でも、が子供なんだから、それに引きずられたって仕方ないでしょ?――そう思ったら、ひときわ強く胸の突先をひねられた。

「痛ッ! 痛い痛い痛い痛い……! ちぎれる! もげる! 潰れちゃうッ! やめてやめてやめて……!」

 位の上下もTPOも関係ない。反射的に子供艦長を振り払いかける。

 その寸前に、フッと痛みが霧散して、子供艦長は一歩、後じさった。

「余計なことを思ったりするから、その罰よ。ま、初対面だし、今日はこれくらいで勘弁したげる。アタクシ様の寛大さに感謝感激することね」

 両手を腰に、胸をふんぞり返らせ、がはは……! と笑った。

「ついでにオマケのサービスで、の説明を補完しとくとね――アタクシ様たち逓察艦隊のお仕事は、言うなれば諜報部員スパイ配達員ゆうびんやを足して二で割ったようなもの」

 アゴを持ち上げ、フンスと鼻息。さらにもう一歩、後じさったけど……、あ……、

「スパイや郵便屋サンは鉄砲もって戦ったりしないわ。何故ならそういう役目ジョブじゃないから。つまりはアタクシ様たち逓察艦隊もご同様!――危険だなって思ったら」

 人指し指をピンと立て、

トンズラするのも仕事しょうばいの内、ケツをまくってバイバイするのよ!」

 軍人としてあるまじき事をドヤ顔をして言い放った――実に良い笑顔をうかべてる副長サンの目の前で。

 投影されてた天球儀の画像がフッと消える。

「アレ?」

 同時に自分をめにした両腕に目をまるくする子供艦長。

 状況を理解し、見る間に顔が青ざめていく。

「そういう事だ。不明事態を調査するからと言って、必ず戦闘になるわけではない。安心しなさい」

(おそらく)万力のようにガッシリ子供艦長を抱え込み、副長サンはそう言った。 

「それでは後藤中尉、あとを頼む。私はこれから艦長と少しばかりO・H・A・N・A・S・H・Iがある」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る