19.巡洋艦〈あやせ〉―9『オリエンテーション―3』

「はいィ!?」

 アタシは言った叫んだ悲鳴をあげたと言ってもいい。

『深雪ちゃん、下着は着けてる?』

 確かに聞いた。禁句を聞いた。中尉殿が訊いてきた。

 現代社会ではセクハラでしかない文句を言い放った。

 アタシを抱き人形にするのはやめてくれたけど、でも、ほとんどキスする……、もとい! 鼻と鼻とが接する超・至近距離から、いまだにこっちをジッと見つめてる。

 なに!? なになになになに何なの~~ッ!?

 セクハラじゃなければ、百合!?

 スールとか何か、そんなヤツなの!?

 でもって、『これから私のことは、お姉様とお呼びなさい♡』とか言うの!? アタシ、んなこと言わされちゃう!?

 中尉殿はマトモな人だと信じてたのに……。

「答えないという事は深雪ちゃん、もしかして……」

「着けてます! ちゃんと着けていますよ、スポブラとレーシングショーツ!」

 苦悩のあまり黙っていると、中尉殿が更なる追い打ちをかけてきたから全力で否定。

 ヤだもぉ。何を言わせんの!?

「そうなのね。じゃあ、ここが深雪ちゃんの部屋だから」

 そんな、しゅうちだるアタシにサラリと中尉殿。

 立ってる場所のすぐ脇の壁――〈ノッカー〉に掌をかざすと扉を開けた。

 今更ながら、なんだけど、いつの間にやら目的地前まで到着してたよう。

 見れば、表札兼用だろう〈ノッカー〉には、確かにアタシの名もあった。

 でも何が、『じゃあ』? 直前のセクハラ発言との関連まではわからない。

 まぁ、そうした当然の(心の中での)ツッコミに答が得られる筈も当然ない。

 とまれ、

「いらっしゃい。一通り説明するから」

 先に立って部屋の中へ入った中尉殿に手招きされて後に続く。

 ドラマなんかでは観たことのある兵員室――それのリアル版。

(ここが、これからアタシが寝起きすることになる部屋か……)

 が、

 感慨まじりに見まわした室内は、想像以上に狭かった。

 と言うか、ホントにこれは部屋なの?――そう思った。

 何故って、開口幅約一メートルの出入り口のドア――その幅員でもって、反対側の壁まで通路よろしくドーンと一直線に伸びる床。

 床面フロアと呼べるスペースがそれしかないの。

 通路フロアの左右は全面が計四台の二段ベッド。

 半透明な樹脂パネルの壁の向こうに並べられている。

 部屋と言うより、まんまロッカールーム。

 あ、『ルーム』だから、一応、『部屋』か。

 あっはっは……、こりゃ一本とられたね。

――な、タコ部屋以下の住環境だったのよ。

 笑うしかねぇ~、って笑えねぇよ、ヲイ!

「深雪ちゃん、早くおいで~」

 呆然としてると通路……、もとい、部屋の中程に立つ中尉殿が手招きしてきた。

「ま、狭いことは狭いけど、すぐ慣れるわよ。勤務時間はもちろん、その他の時間も共用施設を使うんだから、この部屋ですることと言ったら寝るだけだもの」

 わざわざ案内してもらっていながら呆けてた――慌てて駆け寄り、非礼をびるアタシに、驚くのはムリもないから気にしてないわと中尉殿。

 ホント優しい、できた上官様であることよ。恋愛嗜好がアタシと同じだったら言うこと無いのに……。

 と、あらためて、

 中に入れば、部屋は奥行き、ザッと五メートル、天井高さは四メートル弱。(そしてモチロン、幅はたったの一メートル)

 床から天井高さにまで達して部屋を間仕切る樹脂パネル――通路フロア両サイドに突っ立つ壁には、つごう八つの開口部があり、上段四つのそれにはラッタルが設けられていた。

 つまるところは二列×二段×二面で、なんと驚異の八人部屋だよ、タコ(部屋)だけに。

「ここが深雪ちゃんの寝台ベッド

 二段ベッドの上段に繋がるラッタル脇に立ち、そこへの出入り口扉を開いて中尉殿。

「中には深雪ちゃんの私物と、それから軍服一式が入れてあるわ。まずはここで着替えて次に進みましょう」

「はい」

 アタシは頷くと、あてがわれたベッドスペースに進入する。

 いかにも『軍艦』な感じにゴツくて頑丈なラッタルを越えれば、しかし、そこにあったのはフッカフカで、いかにも寝心地良さそうなクッションな世界……、と、いやいやいや、あの『弾丸便』のを思いだせ、アタシ。同じように緩衝材クッションで一杯だったけど、あれはまさしくかんおけ以外の何物でもなかった。

 つまり、無償面して提供される善意には、必ずがある筈。

 底なし沼にも似たぜいたくきわまるこの弾力は、きっと猛烈な加度に耐えるための備えであるとかそーゆー事に違いない。

 うっかりすると(?)ひじちかくまで呑み込まれてしまいそうな柔らかさに思わず目をまるくしたけど、オイシイ話にゃウラがある。油断するなと気を引き締めた。

 それで、用心しいしい全身、中に入って周囲をグルリと見まわせば、平面的にはほぼ正方形――縦横ともに約二メートル程の空間。高さの方は、二段ベッドだからこんなもんか。少なくとも普通に寝起きするぶんには天井に頭をぶつけたりはしないで済みそう。

 出入り口側以外の三方の壁はキャビネットになってて、全部の扉が開けられていた。

 んでもって、出入り口と対面のそれにはバッグが二つ――見慣れたモノと見知らぬモノとが置かれてあった。

「あ、アタシのバッグ――って、きゃッ!?」

 身の回り品をはじめ、私物を詰めて自宅から持ってきたバッグ――それに手を伸ばしかけたところで、お尻をツンツン突っつく感触が……!

 慌てて振り返ったら、すぐ真後ろに中尉殿がいた。

「ゴメン、深雪ちゃん。もうすこし奥に詰めてくれる?」

 そう言うと、アタシに続いてベッドスペースの中に入ってくる。

 あまつさえ出入り口のパネル扉をスライドさせて閉じちゃった。

 ひとりでも狭い空間に中尉殿とふたり、身体を寄せ合って座る。

 え? なに? エ? まぢ? ゑ? 中尉殿? え? エ? ゑ?

 にわかに鼓動が早く、呼吸が荒く、視界が揺れて定まらなくなる。

 それはステキな人だと思うけど、でも、会ってまだ間もないのに。

 アタシ、陸上だから、全然経験ないし、心構えができてない。

 なのに……、うわわわわ、いきなりオトナの階段のぼっちゃうの!?

「ほらね深雪ちゃん」

「ひゃ、ひゃいッ!?」

 反射的にビクッとするアタシをツンツンと、今度は肩を突っついてくる中尉殿。

「出入り口を閉めたら外部の音が完全に聞こえなくなったでしょう? 現在、このベッドスペースは完全気密状態になってるの。でね? ホラ――」

 つい、と、唇の前に人指し指をたてて『静かに』の合図。

 すると、

 シューーーーッ。

 送風機のような音が耳朶をなぶり、空気の流れをほおに感じた。

 微かに、でも確かに、この空間に何か気体が吹きだしている。

「出入り口を閉めると自動的に酸素の供給がはじまるようになっているの。就寝中に万一の事態が起きても乗員が窒息死することのないよう安全機構が組み込まれてるわけ」

 だから、眠る時にはキチンと戸締まりしてね――そう言いながら、中尉殿がパネル扉を再び開けると外からの音が戻ってきた。

 なるほど、ナルホド、さすがは軍艦。

 背筋が冷たくなる程おっかない……。

 寝ている間に窒息死とかアリエナイ。

「それで、このベッドスペースの使用法、休む時の注意点だけど、お布団は肩までもぐってかぶる事――コレね。寝相は別に気にしなくていい。だけど、とにかく首から下――全身を布団でくるむのだけは厳守して?」

 戦慄するアタシをよそに、小さな子供への言い聞かせみたいな言葉を聞かされる。

 は? なんで? アタシ、そこまで子供じゃないし、寝相も悪くはないですけど?

 言葉には(モチロン)しないけど、ついつい不服めいた思いが洩れそうになった。

 知らない事を教えてくれるのはありがたいけど、ちょ~っと過保護すぎじゃない?

 反抗的? でも、中尉殿から子供扱いされたくない――何故か心がそう叫ぶのよ。

「つまり、このお布団は――掛けと敷き、それぞれの合わせ面が面ファスナーになっているのね。睡眠中に寝返りをうったりは問題ないけど、急激なG変化が生じた際は睡眠中の人間をホールドして外部に投げ出されることなく保護する造りになってるの」

 だから、防止のためにも、自分自身の身をまもる為にもお願いね?――布団をポンポンと軽く叩いて理由を説明してくれた。

 うを! す、スミマセン! まさかにそんな理由があったとは!

 知らぬ事とは言いながら、オカンみたいとか思ってすみません!

 アタシは焦った。

 中尉殿の真意に気づけなかった未熟さ加減に赤くなり、

 中尉殿に幼稚な心の裡を読まれてないかと蒼くなった。

 なるほど。試しに掛け敷き布団の間に手を差し込んで、横に滑らせてみても引っ掛かったりはしなかった。

 面ファスナーと言うけれど、肌触りもすべらかでフワフワ――寝具としても一級品。

 こんな細かいところまで考えられているとは、我が国の宇宙軍、真実、侮りがたし!

「じゃ――」

「はい?」

 アタシが布団の出来に感動してると、中尉殿が身じろぎし、触れていた肌が離れるのがわかった。

「じゃ、次は着替えね。着衣は一式、そこの――」と、出入り口正面のキャビネットに置かれたバッグを指さし、

衣囊いのうに収められているから確認してね。上衣はもちろん下着もすべて支給品に変える必要があるから、私はこれで外に出るわね」

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