6.出征―6『〈幌筵〉星系警備府―3』

 数分後。

「召集令状の提示をお願いします」

 目の前にそびえる筋肉のかたまり――我を失っていたアタシを制止し、正気を取り戻させてくれた軍服姿の男性がそう言った。

 ここは魔界通路の果てたる〈幌筵〉星系警備府出入り口ゲート前。

 アタシと向かい合っているのは営門ゲート警備の兵隊サンだ。

 父さんよりもやや歳上かな? と思える年配者である。

 言葉はていねい、口調は穏やか。でも、身にまとう雰囲気は威圧的。

 にらみつけたり、銃をつきつけたりする必要もないの風格。

 こちらにのし掛かってくるような『圧』に思わず身がすくむ。

 いや、まぁ、宇宙軍の基地たる警備府の前に、何やら喚きちらしながら突進してきた不審者が他ならぬアタシなワケですし?

 それをケガもさせず、活動(?)をさせる事もなく、すんなり見事に収めてくれたのは、筋肉ムキムキなこの兵隊サン。

 最悪、射殺とかされててもおかしくはなかったのかも、な状況を大事にはせず済ませてくれたんだからホント感謝しかない。

 正気を取り戻したアタシが、恐る恐るに宇宙軍から召集を受け、ここにやって来たと口にしたのをよくも信じてくれたもの。

 その一言で、アタシの突進を止め、両肩をがっしり掴んでいた手をはずしてくれたんだから、ムダでも言ってはみるものだ。

 いや、ホントに信じてくれたのかな? まだ完全に身の証をたててみせたワケじゃないから判断を保留してるだけかしらん。

 錯乱からさめても、今度は混乱の真っただ中にいるから、なんとも判断がつかないや。アタシだったら、たぶん信じない、し。

 ともあれ、

「は、はい。どうぞ」

 アタシはポケットからレッドカードを取り出し、こちらに差し出されている掌の上に、そぉっと載っけた。

「ありがとうございます。では、少々お待ちください」

 威圧感タップリの、でも、どこまでも折り目正しい兵隊サンは、腰に巻いてるベルト――正確にはその脇に取り付けられてる端末器から、チーッとケーブルを引き出すと、レッドカードに先端のコネクターを繋いだ。

 レッドカードの表面に触れると、なにやら操作し、あとはカードの表示面をじっと見ている。

 あ、何か今、こめかみのあたりが一瞬、ピクッとしたように見えたんだけど、気のせいかな?

 思わずゴクリと唾を飲みこんだ。悪い事は何にもしていない(?)のに、ここから逃げ出したくって仕方がない。

 ナーバスになりすぎてるだけかも知れないけれど、いかんせん直前のやらかしが、弁解不能なレベルでひどすぎた。

 兵隊サンの雰囲気、および一挙一動に、まるで肉食獣を目の前にした小動物みたく怯えて、おどおどしてしまう。

 でも、

 結局のところ何事もなく、兵隊サンはすんなりレッドカードを返してくれて、最終的なゴールをアタシに教えてくれると、それでオシマイだった。

「田仲深雪くんの召集令状を確認しました。田仲深雪くんの配属先に貴君の到着を連絡。先方より案内の人間が迎えに来るので、それまで指定された部屋で待つように。待ち合わせ室の場所、および、そこまでのルートは令状画面に表示されるから、それに従うこと。なお、指定ルートからの著しい逸脱が認められた場合は、諜報関連活動をおこなったものと見なされ処罰対象となる可能性があります。留意の上、くれぐれも注意してください」

 淡々と、かつズラズラズラっと脅し文句をならべてくれたけれども、それでオシマイ。

 てか、メの文句は明白に皮肉? 当てこすり? からかい……よね? 複雑だなぁ。

「はい」って頷くよりほか、アタシにかえせる返事もありゃしないけどさ。でも、複雑。

 ナビの通りに宇宙軍の基地がここにあるんだから、とちゅうにオバケが出るも何もない。

 門番役の兵隊サンが『紳士』だったから良かったものの、笑われたって仕方なかった。

 って言うか、いま笑わなくたって、後で絶対、もの笑いのタネにされちゃうんだろう。

 アタシの軍隊生活は、始まる前から多事多難というか、どうもツイてない予感がする。

「わ、わかりました」

 ばつの悪さをこらえ、恥ずかしさが顔にでないよう必死に平然としている振りをしながら、アタシはうなずいた。

 つっかえ気味に返事をすると、頭をさげて、きびすを返す。

 錯乱してたアタシを介抱し、トラブル(?)をまるく収めてくれた兵隊サンには申し訳ないけど、とっととこの場から離れたい。

 忘れられるものならすべてを忘れて、まるッきり無かったことにしてしまいたい。一刻も早く逃げ出したい――その一心だった。

 なのに……、

「ああ、お嬢ちゃ……、田仲深雪くん」

 その場で回れ右したそんなアタシに、兵隊サンが、背中からまた声をかけてくる。

「は、はい」

 まだ何かあるの?――不安と懸念で、心も顔も曇らせながら振り向いたアタシに、

「ようこそ、宇宙軍へ」

 でも、兵隊サンは、ニコッと笑って、最後に、あたたかく声をかけてくれたんだ。

「ハイ!」

 アタシの返事があかるいものになったのは、だから、(単純かも知れないけれど)当然だったと、そう思う。

 手までは振らなかったが、気分が一新できて残りの道のりを行く足取りもかるくなったように感じられた。

……なので、その時、兵隊サンが、そんなアタシを実はどんなで見送っていたのかなんて知る由もない。

 自分にくだされた充員召集命令が、どれほど異質でイレギュラーなのかが、まだわかっていなかったから。

 そう。

 アタシはなんにもわかっていなかった。

 何ひとつ満足な情報を得ていなかった。

 たとえば、ようやっとの思いで辿たどり着く事のできた〈幌筵〉星系警備府にしてからが、そう。

 警備府自体が国際宇宙港という空間施設の内部にあるのに、何故、その営門が警備府本体から距離をおいた――謎な前庭ひろばを間にはさんでいたのか。

 意味不明に長々していた通路の例はあるにせよ、常識的には『門』と『玄関』を一つにまとめていたっておかしくない筈。と言うか、それが普通。

 だけど、その時のアタシは、『門』と『玄関』を分ける必要性や理由に考えをめぐらすどころか、そもそも、それを不思議にも思っていなかった。

 というワケで、

 かなり後になって、事実こたえを知った時には蒼ざめたもの。

 自分の脳天気さと無知をつくづく悔やんだものだった。

〈幌筵〉星系警備府において、営門と玄関の間にひろがる広場は、敵性存在の侵入に備えたキリングフィールド――防衛設備のひとつに他ならなかった。

 単体だろうと集団だろうと、『敵』をそこで食い止め、処分する――人間を殺すための空間だったんだ。

 ヘタをすると、アタシはそこで命を落としていたかも知れない。

 抹殺されていてもおかしくなかったと知って、心底ゾッとした。

 営門警備の兵隊サンが止めてくれたから良かったものの、身許不明な人間が警備府めがけて突進してきたワケだから、そこに明確な犯意が認められなくとも、たとえば薬物等による錯乱――それによる自爆犯とか見なされてたっておかしくはない。

 知らぬが仏をまんま地で行くような案配で、ホント、間一髪の危機一髪な、崖っぷちギリギリな所にいたんだな……、と、もう、とっくに過ぎた過去のはなしだというのに、気づいてなかった真実に触れた瞬間、思わずしそうになっちゃった。

 もちろん、それは、ずっとずっと後のおはなし。

 普通の生活にもどるすべを失った後のおはなしだ。

 この時のアタシは、親切な兵隊サンに脅されはしたものの、配属先から迎えに来てくれるという人間との待ち合わせ場所をすぐに見つけることが出来て、今度こそ肩から力が抜け、ホッとしていただけだった。

 もとい、

 訂正。

 ふ、と気を抜いたら、そのままコトンと寝落ちてしまいそうな睡魔と必死に戦いながら、レッドカードを相手に検索、検索、検索……作業をひたすらひたすら繰り返していた。

 つまりは予習。

 自宅を出てからこの方、期限内に目的地までの道程を消化するのにとにかく必死で、命令された配属先についてのアレやコレやを下調べしておく時間も満足に取れなかった。

 就活でも何でも、自分が勤める職場について確認しておくのは常識以前の問題だし、何てったって、アタシ、出だし以前でコケちゃってるもの。恥の上に恥を重ねたくない。

 今日この時までず~っと、『できる子』でアタシ、通ってたんだもん。

 望まぬ徴兵とは言え、『どんくさい子』扱いされるのは耐えられない。

『己のプライド』>『疲労の限界』――ちっぽけだって、その評判は守りたかった。

 意地でも、ね。

 レッドカードは、召集令状であると同時に携帯型の情報端末でもあるから、調べ物をするのに場所を選ばない。

 お迎えが到着するまでの時間を活用し、必要(となるだろう)情報をとにかく頭に叩き込んでおこうと頑張がんばる。

 頑張る、頑張る、頑張る、頑張る、頑張る……。


 そして、四時間以上が過ぎたのだった。

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