5.出征―5『〈幌筵〉星系警備府―2』

「はぁ……」

 アタシは、ふかく、ふかぁく吐息した。

「ぬわぁにが『弾丸便』、よ」

 心身の疲労を呪詛に変換、吐き出した。

 呪う相手は当然チャラ男。あと宇宙軍。

 ホント、過去に戻れるものならやり直したい。

 迂闊うかつ粗忽そこつな自分に、こんこんと説教してやりたい。

 あの時……、

 疑念が七割八割だったけど、連れて行かれた貨物ロケットの受付で(主にチャラ男が)切符を手配し、アタシは国際宇宙港まで行くロケットに席を無事確保できた。

 それで安堵し、少々(?)浮かれすぎたんだ。

 受付の係員がせっかく注意や心得なんかを説明してくれたのに、肝心のアタシはそれを右から左に聞き流してしまった……、て言うか、チャラ男に言われてレッドカードを提示したら係員が黙ってしまった。

 で、

 ロクに知識も心構えも無いままロケットに乗り込み、死ぬ目にあった、と。

 ウン。ちょっと考えればわかる事だった――旅客便が『シャトル』、貨物便が『ロケット』と分けて呼ばれてる、その理由が。

 シャトルは気圏飛行機エアプレーンみたいに離着陸時の機体の姿勢は水平だ。

 対してロケットの離着陸は、機体を地面に垂直に立てておこなう。

 その違いは、主として離陸時の加度というかたちであらわれる。

 座席に座って、『わぁ、もう雲よりずっと高ぁい♡』だなんて、窓から飛行中の景色をノンキに楽しむのと、

 緩衝クッション材が詰められた棺桶カウチにギュウギュウに押し込められて、加えられる『圧』に呼吸もできず苦しむ違いに。

 いや、もう一〇Gよ、一〇G!

 信じられる? ほんの少しの時間とはいえ、平素の重みが十倍になって、『お前をペチャンコにしてやる!』とばかりしかかってくるの。

 加えて貨物便だから防音なんか全然考慮されてもなくて、エンジンが噴射している間じゅう、伝わってくる轟音と振動に怯え、今にも機体がバラバラになるんじゃないかって生きた心地もしなかった。

 人間は、ついで載せみたいだから仕方ないけど、それだけ積み荷に優しくないなら、そりゃ速いわ。

『弾丸』ね。確かにそうだわ。そもそも鉄砲玉ロケットになんか人間は乗らない。乗りたがるような奴もない。

 チャラ男め、受付の人がそこを説明しようとしたのをレッドカードを提示させることで阻止したな。

 どれほど切羽詰まっている様子でも、万一アタシがビビって乗るのをやめたら、とか考えての事か。

 出頭期限にギリ間に合ったのは確かだけれど、やっぱ、アイツ、また会う事があったらぶン殴ろう。

 と、

 将来の目標(?)が決まると、アタシは、すこし荒ぶりかけた呼吸をしずめ、ポケットからレッドカードを取り出した。

 表面パネルにタッチをすると、浮き出すように操作希望トップ項目一覧メニューがあらわれる。

『時計』を選んで現在時刻と、それから出頭期限までの残り時間を表示させた。

 念には念を入れてだったけど、問題はナシ。ならばお次は『マップ』の出番。

〈幌筵〉警備府までの道順、及び、そこまでの移動に要する時間の表示を指定。

 こちらの方も問題なかった。ノンビリはダメだが普通に歩いて充分間に合う。

「よし」

 ひとり頷いた。

「行くぞ!」

 自分に活を入れると立ち上がった。

 途端、腰が、首、肩、背骨や身体のアチコチが、ばきぼきびきべき……と、嫌な音&痛みを伝えてくるけどガマンガマン。

 とにかくゴールへ一歩を踏みだしたんだ。

 けど……、


「……ホントに、これで合ってるんだよねぇ……」

 歩きはじめて割とすぐから首をかしげてばかりになってしまった。

 手にしたレッドカード――ナビの画面と、それが指し示している行く手の間に視線を往復させる、その繰り返し。

 どうにもあたりの様子が辺鄙へんぴというか、人気ひとけが無いの。

 小綺麗な通路は深閑として、両脇の壁にはお店か何か施設が将来的に出来るんだろうなってスペースが所々にあるけど、見事に全部、シャッターでもって塞がれている。

 物音もしないし、まるっきり言葉の通りのゴーストタウンな有様だ。

 ハッキリ怖い。

 なんだか空気がよどんでるような気もするし、もしかして、危険とかそんな理由で廃棄された区画に足を踏み入れてるんじゃなかろうか?

 ぜんたい、ナビなんてのは、昔っから効率重視でルート策定をやる傾向にあるから、指示をみにしてると、『をい、この道、通れねぇぞ!』なんてぇことは、よく聞くハナシ。

 実際、にも何度かそうやって、ナビを頼った挙げ句に迷子になった人たちが助けを求めてきたことがあったしね。

 だからかな、

(大丈夫だよね? 危なく……ないよね?)

(引き返す……?)

 弱気の虫が顔を出してきてしまう。

 いやいやバカな。自宅からはるばる何万キロもの距離を死ぬ気で踏破してきて、最後の最後でそれをご破算にするとかあり得ない。

「行くっきゃないでしょ……!」

 ゴクリと唾を飲み込み、アタシは更に先へと進んだ。

「だ、だいたい、人がいないんだから、犯罪的な意味での危険は無いワケだしぃ……」

 コツコツという自分の足音(だけ)が響いて耳につくなかをひたすら歩いた。

 重力生成装置が壊れただとか、万一に備えて装着が義務づけられてるマグネット・ソールがどうにもウルサい。

 いっそ歌でも歌えば気がまぎれたかも知れない。でも、そこまでは思いつかなかった。

 だって……、

 照明は隅々まで行き届き、清潔で、空調も快適。ただし、窓や扉は一つも無い。

 時々交叉している通路はあるものの、のぞいてみても、そこにあるのは同じ風景。

 そんな通路が、いったい何キロ続いてんのよ? って奥行きの深さで伸びてるワケ。

 超・長いダクトやシャフトみたく、ウォオオンとか不気味な低周波の唸り音付きで。

 か弱い女の子にとっては、そりゃ怖いって。

 どこまでも、どこまでも続く沈黙の『密室』

 そんな孤独な空間を一人歩いているんだよ?

 ず~っと歩いていかなきゃいけないんだよ?

 何なのコレ? 異世界? 魔界? 悪い夢?

 そう思うじゃん。そう思ってしまうじゃん。

 ましてや、アタシは現在、絶賛疲労こんぱい中。

 マトモにものを考えられる精神状態にない。

 だから、

 時の経過とともに、どんどんどんどん早足になっていき、気づけば全力に近いスピードで突っ走ってるような無様をさらすことになったんだと思う。

 それこそ息を切らして必死懸命に。

 なかば(以上?)おちいっちゃったんだ。

 いいとしをして、とか笑われたなら、その通りとしか言いようがない。

 でもね! 言わせてもらえば、そのの話――不慮の事故なんかで亡くなった人の『霊』やら『念』が取りいている宇宙船とか空間施設の怖い『実話はなし』を宙免講習の受講当時に、アタシはさんざん聞かされていた。

 もちろん、その時は鼻で笑ったものだけど、きっと、それは周囲に人がいてくれて、心に余裕があったから。

 今の自分には絶対無理だ。

 なにしろこれは、『怪談』じゃない。

 自分をつつむ、『現実』なんだから。

――というワケ(?)で、アタシはほとんど半泣き状態で、自分をこういう境遇に追いやったこの世のありとあらゆるモノをののしり、わめきちらしながら疾走しつづけたのだった。

 いや、通路が無人でホント良かった。

 こんな醜態、黒歴史になること絶対間違いナシだもん。

「国際宇宙港だなんて税金の無駄よ!」

 喉も裂けよと、アタシは叫んだ。

 それまで、後を追いかけてくる魔物の足音みたいだったガンガンいう音――自分の靴が発する金属音の反響が、フッと消えたのに、それが意味することに気づかず、声をかぎりに怒鳴ってた。

「こんな、ロクに使いもしてないにかける金があるなら、すこしは地場の農家に補助金のひとつも出しやがれ!」

 それまでの、背筋を悪寒が這いずりまわる閉塞感いっぱいの不気味な通路から、突然、春の陽だまりみたく、心がまろやかになる開けた広場にポンと飛び出したのに、それもわからず走りつづけてた。

 なにせ、陸上選手アスリートったって、アタシの専門は短距離走。

 もう、とうに限界を超え、目もくらんでいたからマトモな判断力が残っていなかった。

 あぁ、もしかするとランナーズハイとか入ってたかも――全然、『多幸状態』じゃないけれど。

「お嬢さん、ちょっと落ち着きなさい」

 ガシッと両方の肩をつかまれ、激走していた身体をピタッとその場にい止められて、でもって、そんな野太い男の声が、頭の上から降ってきたのはその時だった。

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