4.出征―4『〈幌筵〉星系警備府―1』

――四日後。

「死んだぁ~~……」

 あぁ、もうダメ。すぐ死ぬ。いま死ぬ。じきに死ぬ。出頭かなわず死んでしまう。

 アタシは魂を半分(以上?)口から宙に漂わせ、うぅ……と、力なく呻いていた。

 現在、アタシがいるのは人影もまばらなコンコース。

 広々とした通路の壁際に設置されてるベンチの上だ。

〈幌後〉の、もっとも高い空を周回している人工衛星。

 静止軌道上にある〈幌後〉国際宇宙港――その一隅。

 そこで人工重力の弱さに感謝しながら休憩している。

 歩くのはもちろん、立っているのもキツかったから。

 たった四日で何万キロも移動したのよ、当然だよね?

 成人になったばかりで、若いといっても限界はある。

……連絡便のロケットから降り、乗降ゲートをくぐって宇宙港施設の本体に入ったところで力が尽きた。

 間に合った……、もとい間に合いそう。そう思ったら、無視してた疲労や睡魔にドッ! と襲われた。

 ホッと安堵するのと同時に限界がきて、手近なベンチにヨロヨロよろばい腰をおろしてノビちゃった。

 いや、まぢ、ほんとキツかった。

 これまでもクラブの合宿やら遠征やらで、結構ハードな移動をこなしたことはあるけれど、いやはやまったくこのキツさと言ったら、てんで比較の段じゃない。

 この四日間というもの、ゆっくり汗を流すどころかマトモに食事も睡眠さえもとれてない。乗り換え時は常に駆け足。夜は仮眠で食事は立ち食い。入浴はナシ。

 頭はかすみがかかってボンヤリしてるし、目蓋まぶたは油断をするとくっつこうとする。身体は重くてギシギシいうし、汗でべたつき臭ってるような気がしてならない。

 もうホント最低最悪! 充員招集って、みんなこうなの!? 出頭だけで死力を尽くさないとなの!? もしもそうなら誰か代わってよ! 全財産だって払うから!

(たいして貯金もないけどサ……)

 自分の文句セリフに自分でツッコミ。思わずな感じにわらいが漏れた。

 ふぅと吐息し、だらりと後ろに反らした頭を上げた。

 ベンチにもたせかけてた背中をベリリと引きはがす。

 硬くこわって、骨身のきしむ首やら肩をうごかした。

「なんなのよ、あのク○ロケット……」

 前かがみになり、左右のひざにそれぞれひじをのっけて頭を抱えると、乙女にあるまじき罵言ばげんがポロリ(一部伏せ字で)こぼれ出る。

 それなり以上にきたえてる気でいたアタシのことをグロッキー状態に追い込んだ、っつ~か、とどめをさしてくれたのがソレであったから。

「出頭期日にギリギリ間に合ったから、まぁ助かったけど、サ……」

 つづけて呟く。

 いまいましさが先には立つけど、それでもそれを利用しなけりゃ時間内にここまでたどり着けなかっただろうことは間違いない。

 人生初体験の一〇G加速とか、まぢ遠慮したい臨死体験もどきをさせられたものの、おかげで何とか間に合った――それは事実。

 アタシに切符を売りつけた宙港ゴロと、また会うことがあったら、説明不足をなじって一発お見舞いすると決めてはいるけどね。

 その場面を想像しながらくらくわらうと、ウン! と勢いをつけて背筋を伸ばし、アタシは、この四日間の出来事をふりかえった。


 レッドカードを手渡しされたその翌日早朝に、アタシは住み慣れた我が家を後にした。

 そうしないことには、指定された期日に、出頭が間に合わないことは確実だったから。

 目指すははるかな高処たかみ――静止軌道上にまします〈幌後〉国際宇宙港。

 水平、垂直ないまぜて、〈幌後〉をまるっと一周(以上?)する距離だ。

 それをたったの四日で踏破してのけなきゃならない――一分一秒が貴重で、惜しかった。

 まぁ……、厳密に言えばそれだけじゃなくて、アタシの招集を知った父さんが、スーパーうっとうしかったという隠された(?)裏(?)事情もある。

 だって、まぢ泣きするんだもん。街場みたいにお隣サンとの距離が近ければ、真剣に通報されちゃうレベル。でもって、役所に殴り込みに行こうとするんだもん。

 母さんもアタシもほとほと困り果てちゃって、それで父さんに現実を受け入れさせると言うか、落ち着かせる為にもとっとと家を出た――出ざるを得なかったという……。

 なんか、ヘタすりゃ今生の別れにもなりかねないってのに、情緒もへったくれも、なんにも無いよね。

 ま、

 とにかく、そういう次第で、壮行会はおろか、学校、クラブ、バイト先、友人たちにもロクに連絡できずの超・慌ただしさで、アタシは入営の途についたのだった。

 そして……、

 乗り継ぎ乗り継ぎ乗り継ぎを何度も何度も繰り返し、赤道上のロケット発射場――これで残すはあと一歩、な中央空港グラウンドまで来てつまずいた。

 宇宙にあがる便が無い。

 事前に調べてわかっちゃいたけど、現地に着けば何とかなる――そうした甘い目論見もくろみもろくも崩れてしまったの。

 いや、低軌道とか中軌道までの便なら、それなりにはあった。

 そうした軌道上には、情報・通信関連の衛星だとか、アタシに縁がありそうな類いに限っても、軌道養豚場やら無重力牧場やらが存在していて、その物流を担うロケット便が日常的に動いてたから。

 でも……、

 アタシが行かなきゃならない静止軌道はそれより遠い。

 乗り継ぎの便なんかも全然無くて、ここで行き止まり。

 隣に〈ほろさき〉も回ってるのに国際便の需要がホント低い。

 自のうみん&りょうしがほとんど型だから、に用事が無いのよね。

 と、まぁ、

 移動手段が無いから、最後の最後でつまずいちゃった。

「どうしよう……」

 たけ高い天井からぶら下がってる巨大なフライトインフォメーションボードを見ながら、アタシは目の前が真っ暗になってしまった。

 打つ手ナシ。

「……自宅を出たら、まずは最寄り駅から発着駅、もしくはへ向かう。そこから赤道大陸行きの線に乗り換え〈幌後〉中央空港グラウンドへ。そして、軌道往還機シャトルで静止軌道の国ペントハウス港まで上がる。あとは施設内を歩きで〈幌筵〉星系警備府へ直行するだけ……」

 途方に暮れて、事前に調べた移動手順を繰り返しブツブツつぶやいてみたって、状況は何も変わらない。

 あ、詰んだ。人生おわった、って思ったものよ。

 故意じゃないけど、兵役拒否になるかもだもの。

「ちょいと、そこで困ってる様子のカワイイ彼女~♡」

 いかにも頭の悪そうな呼びかけが、耳にとびこんできたのはその時だった。

「……はぁ?」

 声がした方に目を向けてみれば、口にした文句セリフそのままにチャラそうな男。

 ナンパ? ナンパなの?――心底人が困っている時、こんな場所でナンパ?

 正直イラッときた。相手に悪気はなくても精神、肉体共に破綻はたんしてたから。

 だから、その苛立いらだちをそのままトゲに変換し、ナンパ男を追っ払おうとした。

「お呼びじゃないのよ。すッこんでなさいよ」

 でも、チャラ男はしつこかった。

「おっほ、いいねぇ。元気があって大変ケッコー。兵隊になるなら、そうでなくっちゃ」

「るッさい! こちとら疲れてンだから、ナンパだったら他をあたれ……って、えッ!?」

 思わず、パチパチ目をまばたいちゃった。

 ど、どうしてこいつ、アタシが兵隊(になる予定)だって知ってンの!?

 頭の中で警報が鳴り、じわりとアタシは身構える。

「ちょいちょい! そんな警戒しなくてダイジョブだって!」

 そんなアタシの様子に、すこし慌てた感じで男はヒラヒラ手を振った。

 でも、顔は依然とヘラヘラしてるから、実際のところは違うんだろう。

「俺は、で、まぁ、一種のあっせん業みたいな事をやってる者なんだけどね」

 いつでも逃げだせるよう、周囲をうかがうアタシをよそに、男は話しはじめた。

「ここ数日の荷動きがさぁ、なぁんか常と違ってるんだなぁ。臨時、至急、極秘――そういう指定付きで結構な数、特急便が飛んでんの。おかげで、こっちもうるおっちゃってるけど、どうにも理由がわからなかった――たとえば、荷物の発注者は誰なのか? とかね」

 くすりと笑った。

「なにしろここは地の果て〈幌筵〉。ここから先は『ツングースカ宙エクスプロージョン壊』のおかげでマトモな入植星も皆無な土地さ。そこに何の予告もナシ、採算無視な感じで貨物が増えるってのは普通じゃない。お気楽に、『だぁ』って喜ぶばかりじゃいられないよね」

 わかるだろう?――そう言いたげに、片方の目をつむってみせる。

 それはそうかも知れないが、アタシにコメント出来るワケもない。

 アタシが何にも言わずにいると、チャラ男は肩をすくめてみせた。

かい? ま、いいサ」

 あごをシャトル搭乗ゲートとは違う、コンコース奥の方へとしゃくってみせた。

「こっちも宇宙軍から目を付けられるようなマネをするつもりはぇ――来なよ。ペントハウスに上がりたいんだろ? 旅客便シャトルが無くたって、いま言った貨物便ロケットだったらダイジョブさ。ひとり余分に積むのは何てない」

 ほら、案内するからサ――そう言い終わる間もなく、サッサと先にたって歩き出した。

 迷ったけれど、結局のところ、他に当てがあるワケでない。慌ててアタシも後を追う。

 そして、チャラ男の手配によってくだんの貨物便に乗り、最後の一歩を無事クリアする事ができたんだ。

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