3.出征―3『召集令状―3』

 役人サンの指示通り、アタシはレッドカードの上に手を置いた。

 つい先程までの自失状態は去り、現実感覚がもどってきている。

 そうして、(今更だけど)手許のレッドカードから役人サンが提げているカバンの中へ細いケーブルが伸びていることに気がついた。

(え? なにコレ?)

 何のケーブル? と思わず首を傾げてしまったけれど、答を得たのはすぐだった。

 ピッと電子音が鳴るのと同時に、ケーブルがレッドカードからポロリとはずれる。

 そして、チーッと小気味の良い音をたてながら、カバンの中へ巻き取られていった。

 カードの上から右掌をはずしてみれば、そこには白く浮き出た『ようこそ』の文字。

(あぁ、なるほど……)

 今の行為は、召集令状を確かに応召者本人が受け取ったという認証手順だったのか。

 役所に登録してあるアタシの個人情報が、カード本体、もしくは役人サンがカバンの中に入れてるのだろう機械に記録されていて、それと照合したんだな。

 で、本人と確認できたから、データ転送兼(たぶん)紛失防止用ケーブルは、役目を終えてリリースされた、と。

 応召者本人が召集令状レッドカードの表面に触れる行為が、つまり、受領のサイン代わりというワケなのね。

 そういえば、兵事担当者、だっけ?――役所には専任の担当者がいて、ネットとかを使うんではなく、その担当者から応召者へ、令状は直接手渡しされるんだって教わったな。

 情緒の面と、何より誤配を防ぐためそうなってるって。

 このケーブルも、そんな配慮のひとつってことだろな。

 ンな気配りよっか、令状持ってくンなって感じだけど。

 ケーブルの収納が完了すると、それをじっと見ていた役人サンは顔を上げた。

「田仲深雪さんの召集令状の受領を確認いたしました。以降、出頭の詳細、また細則等については、令状の表面に案内が表示されますので、その指示に従ってください」

「何か質問はありますか?」

 召集令状受け渡しの際の定型句なのだろう文言を口にした後、そう質問してくる。

 アタシがかぶりを振ると、「では」と言って一礼してきた。

「頑張ってください」

 最後に一言そう言うと、感情を込めない事務的な態度で終始したまま、お役人サンはクルマに乗り込み、去っていったのだった。

「深雪……」

 あとに残されたアタシが、遠ざかっていくクルマを見送っていると、おずおずといった感じで母さんが声をかけてきた。

 召集令状を受け取る――兵隊に行くということは、名誉なこととされている。

 我が国――大倭皇国連邦の秩序とあんねいを護持するせんぺいとなるのであるから当然だよね。だから、レッドカードを届けに来た役人サンは、アタシに『おめでとうございます』って言ったんだ。

 戦争を描いたドラマの場面とかだったら、特に模範的な国民でなくとも、ここで返すべきセリフは、『ありがとうございます』

 自分のような(取るに足らない)人間に、御国――ひいては女皇陛下の御役に立てと言って頂き感謝の念にえません、ってなる。

 学校でそこまで教えられるワケじゃないけど、世間的な通念上、そうした受け答えがふさわしい、とされているんだ。

……もちろん、本音は別だよ?

 でなけりゃ、召集令状が、陰で『退場命令』呼ばわりされる筈がない。

 どっちにしたって、魂が抜けてたアタシは、ロクに返事も出来なかったけどサ。ハハ……。

 と、

 まぁ、そういうワケで、故に、正当な(?)理由もナシに徴兵拒否などしたら……、村八分ハブにされる。

 冗談でもなく洒落しゃれでなく、家族は地域のコミュニティから排除され、召集に応じなかった本人は、それに加えて市民生活をおくる上での公共サポートが、ほぼ利用できないことになってしまう。

 学校や職場で後ろ指を指されることは言うまでもない。

 国民の果たすべき『神聖な義務』から逃げたというゆえに、『非国民』のレッテルを貼られてしまうんだ。

 アタシは、瞳をギュッとつむると深呼吸した。ひとつつばを飲み込む。

 意識して何でもないような表情をつくり、母さんの方へ振り向いた。

「大丈夫よ、母さん。兵隊に行くったって、どうせ最寄りの練兵団で再訓練の上、自警団行きとか、軌道港の雑役船に乗るとか、その程度に決まってるわ。だって、アタシ、学校の教練以外で練兵教育なんて受けたことないもの」

 兵隊として使い物にならないわよ――明るい口調でそう言うと、着替えてくるねと、自分の部屋へ引っ込んだのだった。


「はぁ……」

 開けた扉を背中で閉めると溜息がでた。

 手にしたままのレッドカードをあらためて見る。

 今、その表面には、『至急!』、『通達内容を確認せよ』、『本令状の表面に触れること』といった文言が、明滅しながら繰り返し表示されていた。

 応召者たるアタシが触ったことで、スイッチがONになったに違いない。

 指示に従い、ふたたびカードの表面に掌を当てる。

 すると、さっきと同じくピッと電子音がして、掌をはなせば、カードの表面から少し離れた空間に文字の羅列が浮かび上がった。

 ホログラムだ。

 召集令状の通達文が、立体投影で表示されたのだった。


『田仲深雪。

『宇宙軍第二甲種補充兵一等兵。

『右充員召集ヲ令セラル依テ下記日時到著地ニ参着シ、此ノ礼状ヲ以テ当該召集事務所ニ届出ヅベシ』


 お役所特有の四角張った文語調の言いまわし。

 要は、お前を兵隊として召集するから、この令状を持って、指示された日時までに指定された場所へ出頭しろという命令。

 なんでわざわざ分かりにくい文章にするのか意味不明だけど、それはさておき、その後に続いた指示が、大・問題だった。

「……本気なの、コレ?」

 上から下へ、自動的にスクロールしていく投影表示――通達文を読みすすむにつれ、全身から血の気がスゥッと引いていく。

 ウソだウソだウソだ! こんな事はあり得ない!――思わずレッドカードを床に叩きつけ、声を限りに絶叫しそうになった。

 出頭すべき先――アタシの任地が、とんでもない(ヤヴァい)場所であったから。

 母さんに言った、宇宙軍兵士の新兵教育・訓練施設たる練兵団や、星系防衛部隊の軌道港駐屯地なんかじゃない。

 そんな生やさしいものじゃなかった。

 レッドカードが告げる通達文にあったのは、ここ――惑星〈幌後〉近傍に間もなく到着するという戦闘航宙艦に乗れとの指示。

 予想していた訓練もナシ、心構えをする猶予ゆうよもナシに、のっけからイキナリ実戦部隊へ配属するって超絶無茶振りだったんだ。

 まだしも安全だろう後方の支援施設とかではなくて、最前線で戦う戦闘航宙艦へ、半人前(以下?)の新兵をひとり放り込む?

「正気……?」

 ぽろっと言葉がこぼれ落ちていた。

 だってそうでしょ? そんな目を疑う……と言うより、いっそ、指示出しした人間の正気を疑うレベルの命令なのよ?

 命令された新兵ってか、この場合、それはアタシなんだけど――その新兵に限らず、受け入れ側も迷惑天元突破だわ。

 その上、指定されてる出頭日時がまたメッチャクチャ!

「たったの四日しか余裕がないじゃない!」

 それっぽっちの時間で、いったい何をどうしろってのよ!? と思わず悲鳴をあげたくなるタイトさだった。

 四日後には、くだんの戦闘航宙艦に乗り組むため、惑星〈幌後〉の静止軌道をめぐる国際宇宙港に到着してなきゃいけない。

 遅刻は許されないし、万一たどりつけなければ、最悪、犯罪者扱いだ。

 故意にを狙って、こんな時間を指定したのか、マヂで疑いたくなった。

 知らず、ひざからカクンと力が抜けて、アタシはヘナヘナその場に坐り込んでしまう。

 でも……、

「深雪……、お茶をれたわよ」

 そこに、躊躇ためらいがちのノックと心配そうな母さんの声が降ってきた。

 ダメだ。アタシ、こんなんじゃダメ!

 母さんに余計な心配かけてはダメよ!

(……しっかりしろ、深雪!)

 競技レースの前によくやるように、かぶりを数回、勢いよく振り、両方の頬をピシャンとはたいて気合いを入れる。

 うン! と、おなかに力を入れて、その表面にもたれかかっていたドアから背中をむりやり引きはがした。

(時間がないんだ。四日しかないんだ。泣いたり、自分を哀れんだりで、メソメソしている余裕なんかない。モタモタしてるヒマはないんだ――しっかりしろ!)

 歯を食いしばって立ち上がった。

「ちょっと待ってて。いま行く~」

 声の震えを悟られないよう注意しながらドアの向こうの母さんにこたえた。

 さあ! 一服したら、限られた時間でに到着可能な移動手段ルートを検索しなきゃ!

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