2.出征―2『召集令状―2』
「召集令状の上に
役人サンが、指示らしき言葉を口にしたけど、なにを言っているんだろう?
アタシは手の平の上のレッドカードを人さし指の先でコツコツ突っついた。
硬い。
ほんの数ミリ程度の厚みしかないのに、カッチリとした堅牢さを感じる。
レッドカード。
『
充員召集令状。
一般市民をそれまでの暮らしから引き
それを受け取った応召者は、
『個人的な事情の何をおいても……』
(マジなの……?)
もう何度目だろう――また同じ問いがリフレインする。
頭の中は真っ白だ。
グルグル渦を巻いているようで、まともにものが考えられない。
(『個人的な事情の何をおいても……』って、それじゃあ、〈プリフェクト・マッチ〉は? アタシの夢は? 将来は……?)
つい、今の今まで明るいと信じていた未来が、真っ暗闇に塗りつぶされてしまった。
(なんで……!? 宇宙軍!? どうして……!? 兵隊!? 選ばれた……!? アタシ!? おかしいわよ……!? レッドカード!? 何故……!? 今!?)
絶望、理不尽、怒り、
(やっぱり、アレかな? 〈宙免〉かな? 〈宙免〉の、それも二種なんか取っちゃったから、宇宙軍に目を付けられちゃったのかな……?)
アタシは唇を噛む。
〈宙免〉――〈低圧・低重力環境作業技能者免許〉
危険な……、すこしの
二種というのは、言うなれば、そのプロ・ライセンス。
その資格をアタシは、宇宙軍が協賛と言うか、実質スポンサードしている奨学制度を利用し、数年前に取得していた――
きっと、それがいけなかったんだ。
将来に備えてと言うか、自分に陸上競技や家業以外の選択肢を用意したくて資格を取ろうと考えた。
もちろん、進むべき途の優先順位は変わらない。でも、『
動機はそんなものだった。
問題はお金。
学科はともかく、実技教習にかかる費用がスッゴく高かったこと!
原因は軌道上をめぐる研修施設までの交通費と、それから滞在費。
実際に宇宙にあがらない事には始まらないんだから仕方はないよ?
仕方はないけど納得できない。貧乏人お断り~な感じがするから。
人材をひろく育成する為にも、少し安くしてくれていいじゃんか!
と、当時のアタシは、この世の不条理に強く
同時にバイト代程度じゃ間に合わず、でも家計に負担はかけたくないし、で途方にも暮れた。
そこに実習費用の負担ゼロって奨学制度を見つけたの。アタシじゃなくても飛びつくわよね?
その場で速攻、
勝った! と思ったわね、その時は。
なにしろ、アタシの故郷たるこの
生物資源惑星って言うの? 国の中の立地も領域最北端――〈幌筵〉より先は、まともな入植地も無いってどン詰まりだから、田舎も田舎の、大田舎。
交易路からも外れているんで、その経済型は自給自足の閉鎖型。
自然と、人里離れた山奥みたいな生活様式になっちゃうのよね。
要するに、右を向いても左を見ても、農水産業の従事者ばかり。
石を投げたら百発百中、同業者に当たるって状態なのよ。
だから、スペースマンなんて、一種のエリート職なワケ。
免許もってるだけで勝ち組。引く手
まぁ、
当然だけれど、この世の中に一〇〇%善意だなんてウマいはなしがある
引き替え条件がシッカリ付いていた。
予備即応員受諾契約というのがそれ。
兵隊の補欠になるって同意書だった。
……なにしろ、ほぼメインスポンサーと言っていい立ち場にあるのが宇宙軍。
教習費用を建て替える代わり、御国が『いざ!』という時、追加、補充、応援――言い方は何でもいいけど、とにかく、それまでの自分の生活を離れて軍務に就くこと。
その条件に同意のサインをすることが、奨学制度適用の条件になっていたのよ。
要するに、
兵隊の頭数は
何故なら、人ひとりを食わせていくのは、やたらとお金がかかるから。
……誰に聞いたワケでもないけど、宇宙軍の出資は、そういう事情からだと推察できた。
平時は宇宙軍が給与を払うことなく、でも、必要が生じたら、すぐに使える人間を確保しておきたい――そんな虫のいい要望を満足させる
そうと悟ってアタシもさすがに
子どもの頃から学校の授業で軍事教練は受けていたけど、年に何度か程度のお勤めと、それを職業にするのは全然違う。
自由が束縛されるどころか、最悪、陸上競技/家業――もともと希望していた他の
どころか、『兵隊』だから、五体はおろか、生命までなくす事になってしまうかも……。
憧れの〈宙免〉を無料でとれるのは良いけど、代償がさすがにデカすぎる。
将来の選択肢を増やすのでなく、逆に閉ざしてしまう結果になりかねない。
ヘタをしなくとも本末転倒な事となるから、当然至極な懸念だったと思う。
が、
(でも、待って……)
今にして思えば、その時、そう考えたのが失敗だった。
(〈幌筵〉だなんて
いつものように、メリット/デメリットを
そうして熟考した末、アタシはサインした。
少なくとも自分が兵隊として使い物になる年齢中には、招集がかかることは無いだろうと判断した……、してしまった故のことだった。
(その
苦い現実に唇を噛む。
(でも、まさか、〈宙免〉取ってすぐ兵隊に引っ張られるなんて思わないじゃない! 戦争!? 戦争なの!? 一体どこでやってるってのよ、そんな事!? ニュースでも言ってないじゃん! 平和じゃん!
地団駄踏みたい気持ちって、こういうものなのかな?
自業自得?
ウン。そうかも知れないけど、でも、こんなのってないよ!
「深雪……!」
と、そこで、母さんの声。
どれくらいの時間、呆けていたのか。
ジッと凝視していたレッドカードから元に直れば、すぐ目の前にいるのは役人サン。
遠方からアタシを訪ねてきた中年の――たぶん、父さんと同年配のおじさんだった。
「召集令状の上に右掌をあててください」
あらためて、と言うか、はじめてアタシがキチンと向き合うと、きっと、何度も言ったのだろうセリフをまた口にする。
淡々とした口調、どこまでも事務的な無表情。
でも、『モタモタしてんじゃないよ! 早くしなさい! 早く、早く!』だとか、ウンザリしている様子は
多分、だけれど、召集令状を手渡された応召者が混乱することを承知していて、だから、
「召集令状の上に右掌をあててください」
もう一度おなじ言葉を役人サンは繰り返し、アタシは、「は、はい!」と、慌てて右掌をレッドカードに重ねたんだった。
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