一章.補充兵
1.出征―1『召集令状―1』
その日、アタシが帰宅するとレッドカードが届いていた。
学校での一日を終え、バイトもこなした後の、とある夕方のことだった。
自宅最寄りのバス停からおよそ一時間――見晴るかす限り一面みどりの草原を、アタシは
(やった! やった! やったぁ!)
繰り返し繰り返し、心のなかで
身体はクタクタ、おなかはペコペコだったけど、はちきれそうな程の喜びで、ちっとも全然、気にならなかった。
タンタンタンタン……! と足がステップを踏む度に、首筋の後ろから肩口にかけてポニーに結わえた髪が、ピタピタ
いや、言うまでもないけど、『M』じゃないわよ?
――コレ!
理由はコレ一択のサプライズ!
今日、所属している陸上クラブでコーチから指名されたんだけど、冗談じゃなく、
それくらいビックリで、それほど
更に上位の〈
(そこで結果が出せたなら、〈星州〉……、ううん、〈
ウットリしながらアタシは思う。
ゆるんだ顔が、更にデロデロになるのがわかる。
夢は
目指すは表彰台のど真ん中!
妄想だなんて言わないで。
これは希望で、目標よ。
今度の競技大会に出れるってなって、『これまでの努力が報われた~ッ!』て、ただ今絶賛舞い上がってるけど……、でも! そこでアタシの陸上人生オシマイじゃない。
アタシは現在一八歳。
つい先日、
自分が〈星域〉大会止まりの
これからももっと頑張って、地方大会から全国大会、そして、かなうものなら国際大会にだって出られる選手に、必ずなってみせるんだから……!
なぁんて、
右を向いても左を見ても、目に映るのは、ただ一面の草、草、草……。
人家の一軒あるでない、まるでこの世の中にいるのはアタシだけみたいな草ッ原。
そして、いよいよ自宅建物が、ぽつんと遠くに見えてきた時、
「んん……?」と眉をひぞめることになったのよ。
玄関前の庭先に、見なれないクルマがとまってる。
農協だとか保健所だとか、常連サンのものじゃない。
もしかして、父さん母さんの友だち、或いは親戚の誰かが遊びに来た?
う~ん。でも、そんなイベント、これまで起きたためしもないしなぁ。
アタシの友だちだって、うちまで遊びに来てくれたことなんかないし。
(モチロン、アタシが嫌われているとか、そーゆーことじゃないからね?)
ま、仕方がないっちゃないんだけどもサ。お隣サンとだって、かるく一〇キロ(以上?)は離れてるんだ――泊まり込みを覚悟しなけりゃ、アタシの家って、そうそう気軽に来れる場所じゃあないのよねぇ。
ホント、『大草原のちいさな家』っつーか、畜産業が
海に浮かんだ小島みたいな『超・野中の一軒家』なんだもの。
朝、登校する前に毎度やる……、やらなきゃ乗れないバスの
なんたる不便!
マイカーを所有してない人間は、自給自足と宅配と
――と、まぁ、我が家の環境って、そーゆー感じ。
そんな、町はずれと言うもおろかな辺地に、誰かが訪ねてきている。
農家だけにだだっ広い(だけの)前庭に、見たことのないクルマがとまってる。
我が家の立地を考えるならこの状況、不自然&変でしょう?
自然、アタシの足取りも、それまでの軽快なだけなものから、ちょっと慎重なものへと変わった。
機嫌良く口ずさんでいた鼻歌もやめる。
更に距離が詰まってくると、玄関先で二人の男女――役場職員の制服を着た中年男性と、その応対に出てきたらしい母さんの姿があって、なにやら会話をしている様子が見てとれた。
ただ、その様子がこれまた、あまりにも変。
役人サンは肩から
まるで、家人の不幸か伝染病
だから、
「た、ただいま……」
役人サンが乗ってきたんだろう公用車の脇を通り抜け、玄関をそそくさ
成人したって言っても、アタシはまだ独り立ちしてない扶養家族なんだもの。
親の愚痴を聞いたり、相談に乗ったり、もちろん、対策に一緒に動いたりはするけれど、判断、決断をくだす立場にはない。
役人サンが持ち込んできたんだろう厄介事も、
けして、面倒事はお断りとか、薄情が理由なワケじゃないのよ、本当よ?
そりゃあ、今――せめて今だけは、この
でも、
「田仲、
そんな願いも、役人サンがアタシの名を口にしたことで霧散した。
「は、はい。そうですけど……」
呼び止められて、アタシが
そして、
「おめでとうございます」
唐突にお祝いの言葉をかけてきたんだ。
アタシは当然とまどった。
そりゃ、そうでしょう? 会ってイキナリ、『はじめまして』でも、『こんにちは』でもなく、『おめでとう』だよ?
なに言ってんだ、コイツ? ってなるわよね。
だから、
(え? え? なに? おめでとうって何のこと? まさか、アタシが〈星域〉陸上競技大会の選手に選ばれたことが、もう伝わってるの?)
なぁんて勘違いしても、おかしなことじゃあないと思うの。
「お届けものです」
役人サンがそう言って、カバンの中をさぐりはじめた時も、
(何かな? 何かアタシにくれるのかな? 選手に選ばれておめでとう賞とか、
そんなことを思って、すこしワクワクしてたって、ね。
少しもおかしくないと思うんだ。
でも、
「深雪……」
母さんが気遣わしげな
「んん?」
つられてそちらに目を逸らした時、役人サンがアタシの手をとり、そこに何やらポンと載っけた感触がした。
そう大きくはない。
重たくもない。
「え……?」
目を戻したアタシは思わず声をあげてしまう。
両手の上に置かれてあるのは真っ赤なカード。
葉書よりやや大きめの、樹脂製と
――レッドカード。
宇宙軍からの召集令状だった。
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