第4話 別れ

 2年くらい経つと、兄は「同期が結婚した」とか、「俺も子どもが欲しい」と言い出すようになった。心苦しかった。私はどちらも叶えてあげられない。


「私たち夫婦じゃないけど、養子をもらえば?」

 私は提案した。

「見ず知らずの人の子なんか育てられないよ」

「私、子ども産めなくてごめんね」

「いいよ。俺はお前のこと好きだから」

 兄は男前にそう言って私を励ましてくれた。私はすっかり兄に夢中になっていた。就職はしたけど、みな東京出身の人ばかりで職場に馴染めなかった。いい寄って来る人もいたけど、既婚者ばかりで、独身の人は私を最後の砦と思っているような、魅力のない人しかいなかった。


 兄とはずっと関係があった。兄はお年頃でやっぱり性欲が強かった。


 夕飯を食べ終えた後、兄がいつもと違ってよそよそしかったことがあった。私は何か言いたいのかなと察知した。多分、言いづらいことだろう。別れたいとか、関係を終わりにしたいと言うようなことだ。その頃、兄は土日のどちらかは、必ず出かけるようになっていた。夜もずっとLineをしていたし、女がいるんだと私は悟った。でも、夜になると兄は私を求めて来た。


「ゆず季。そろそろ出て行ってくれないか?」

 兄はいきなり言った。

「どうして?」

 私は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

「彼女ができた」

 いつかそんな日が来ると思ったが、私は受け止めきれず号泣した。でも、私に兄を責める資格はない。子どもができないということで、私は納得してしまった。


「新しい部屋の初期費用は俺が出すから」

 それが兄が提示した慰謝料だった。兄はたった50万ほど負担しただけで、私を簡単に捨てた。


 ***


 兄とはそれっきり会わなかった。その時、付き合っていた彼女と結婚することになって、結婚式に呼ばれたが、私は断った。兄は出てくれとしつこく頼んだけど、私には無理だった。あまりにも兄を愛しすぎていたのだと思う。両親からも、どうして結婚式に出ないのかとなじられて、私は母にだけ、兄との関係を告白した。それからは、両親とも疎遠になってしまった。


 兄は新居の住所を書いた結婚報告ハガキを送って来た。最初はマンションを借りていたが、1年も経たないうちに、引越しましたと言う葉書が届いた。今度は一戸建てだった。同時期に母から「兄嫁が妊娠した」と教えられた。兄嫁は兄と同じ会社に勤める、いわゆるリケ女エリートで、写真を見た限りでは美人だった。私を利用して素人童貞から卒業した兄は、女性に対する態度も軟化し、余裕をかましていたのだろう。落ち着いたいい人に見えたに違いない。母は私と兄の関係を、よくあることだからと、何でもないことのように言うのだった。


 奥さんにすべてをぶちまけたかった。兄が病気の私を弄んで捨てたことを。私はすっかり病んでしまった。




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