第3話 変わりゆく兄
兄と一緒に暮らしてひと月経ったが、兄は仕事で夜遅くなる時は、手土産を買ってきてくれる。食費として月5万渡してくれることになり、一緒に買い物も行ってくれる。先日はショッピングモールで洋服を買ってくれた。医療保険には入っていたけど、入院して貯金をほとんど使ってしまったから、ありがたかった。それに、私生活もきちんとしていた。部屋も片付いているし、夜遊びもせず、タバコを吸わない。お酒も毎晩ビール1缶くらいと適量だ。スペックもいい。大企業勤め。一応、一流大学卒でもある。身長170㎝。年収は不明。実は兄はけっこう優良物件なのだ。
私はまるで主婦みたいだった。こんな生活も悪くない。狭い部屋を掃除して、二人で一緒に食べる夕飯を作る。兄が家に帰ると「誰かいてくれるっていいなぁ」とか言い出す。私も同じことを考えている。兄は私が作った料理を、必ずおいしいと言って褒めてくれる。私のことを全然否定しないのだ。兄といると自分に自信が持てた。料理がうまくて、性格が良くて、かわいいと言ってくれた。嬉しいけど、若干気持ちが悪かった。
私が求人サイトを見てると兄が言う。
「しばらく、家いてもいいからな」
こんな楽な暮らしを一生続けられるわけないと思いながら、甘えてしまう。
就活はずっとしていた。やはり正社員になりたかった。まだ若いので、書類は通り安かった。面接の時は、病気で経過観察中のこともきちんと話した。すると、競争率の高い事務系正社員では、採用してもらえない。27歳で癌経験者はほとんどいない。私は落ち込んだ。確かに手術前と後では体調が違う。
「子どもはできないので、育休も産休も必要ありません」というのを売りにしようと思ったが、自分から言うことでもない。それを年上の男性面接官にアピールしても、変な風に取られるだけだと思った。
そういえば、こんなことがあった。
「君みたいにやる気のある人は、ぜひうちの会社に来てもらいたいなぁ。いつから来れる?」
二次面接に出て来たのは、50代半ばくらいの人だった。眼鏡をかけていて、気持ち悪い感じの人だった。しかし、私の話を終始真剣に聞いてくれていたし、いい人に見えた。
「来週からでもいいでしょうか」
本当は明日でもいいのだが、急すぎるのでそう答えた。
「わかった。じゃあ、人事に入社書類を準備させるから」
「はい」
私はその場で採用されて、やっと就職できると嬉しくなった。
その人は最後にこう言った。
「今週の金曜日、前もって食事に行かない?」
「はぁ」
私はその場では承諾したが、家に帰ってから内定を辞退した。
兄にその話をすると、激怒していて、セクハラだとまくし立てていた。
「子どもができないからって、それを利用しようとするなんて最低だ」
その時、私は気が付いた。そう言うことだったんだって。
私は世の男から最下層の女だと思われているんだ。病気の人間を利用しようとするなんて最低だ。ああいう人でも結婚して子どもがいるんだろうな・・・。あんなクズでも。奥さんは知ってるんだろうか。そういう最低な男だということを。
私は悔しくて泣いた。すると、兄は私を抱きしめてくれた。幼い時以来、初めて直接触れる兄の体。暖かくて大きかった。
ああ、やっぱり。私は思った。兄もあの野郎と同じ目的で私を東京に呼んだんだ。3ヶ月よく我慢して、尽くしてくれた。私が兄の期待に応えないと、東京に来た意味がなくなる。私は兄に体を許した。そうしないと、家にいさせてもらえない気もした。でも、一番は兄が好きだったからだと思う。
兄ははっきり言って下手だった。でも、童貞ではないらしい。そのぎこちないところが、かわいいなと思った。
兄の献身に私は体で返した。卵巣を摘出しているので、はっきり言って性欲はないし、濡れないしで、痛いだけでしかない。でも、相手が兄なので我慢した。
兄はさらに優しくなって、まるで恋人どうしのようにいつもベタベタしてくるようになった。彼氏ができない代替品として兄と過ごすのは悪くなかった。私もすっかり情が湧いてしまい、一生、兄といられたらいいなと思っていた。
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