第9話 相談部 活動の場合Part2

「ふうざっとこんなところかなあ」


作業を開始して1時間程は経っただろうか?


滴る汗を服で拭いながら、俺はズラっと植えられた苗達を見渡し、中腰で作業した影響で痛くなった腰を伸ばすようにグッと背を伸ばした。


「うむ我ながらよくやった・・・。それにしてもこうやって見るとすんげー壮観な光景だなあ・・・」


ざっと横幅2mに縦の距離が10メートル程の花壇に植えられた苗達。

この苗全てが花咲いたらそれはそれは圧巻の光景になるというのはおそらく間違いではないだろう・・・。


「こっちは良いとしてあっちはどうかな・・・??」


ふと気になって夏宮の方を見る。

彼女は何処か楽しそうでそれでいて真剣な表情を浮かべ、悪戦苦闘しながらも順々に苗を植え行く姿が写った。


「へえ・・・。案外なれるの早いじゃん」



意外と手先が器用な方なのかな・・・?




「結構ええじゃろ瑠奈ちゃん・・・」



茂さんは麦わら帽子を被った状態で、フーっと少し腰を叩いて眩しそうに夏宮を眺める。



「覚えも早いし、何より素直じゃからなあ・・・、他の誰かさんとは違ってこっちも教えがいがあったぞい!」


くつくつ笑う茂さんに対して、俺は反対に思わず苦笑を漏らした。



それって絶対俺の事だよね?



「まあそれはそれとしてじゃ。時に陸くん。夏休みに部活動はやっているのじゃろ?」

「ええ。やってますよ?何かご相談事かお手伝い事でもあるんですか?」

「そうなんじゃよ!8月の初め辺に家で育てた野菜の収穫を手伝って欲しいんじゃ。この時期じゃと孫達がこっちへ来るんじゃが・・・。何分人手が足りんくてのお・・・。採った野菜は持ってても構わないからどうじゃろうか?」



野菜の収穫・・・!?


その時俺の脳内には・・・、夕暮れの砂浜で足の生えた野菜達を追いかける自分の姿が写っていたと聞く。


「是非喜んでやらせて頂きます!!」


即答で返事を返した俺はぐへへっと来たる野菜の収穫に期待と夢が広がる。


もしかしてもしかしなくてもこれは食費が浮くチャンスなのではないか!と・・・。


最近は何かと財布を空っぽにしてしまう事が多く、ちょっと家計事情に影響を及ぼそうになっていたからなあ・・・。



しかも今は色々と物価の高い時代だ。

ちょっとした野菜でもいい値段だったりする場合もあるので、一人暮らしの俺にとってこの提案はむしろ願ったり叶ったりだ。



いくら親が金を出しているとはいえ、むやみやたらに使う訳には行かない。しっかりと自分の決めた金額でやりくりしなければ将来的に不安だしな・・・。


これは乗るしかないだろう!!このビックなウェーブに!!



「ふぉっふぉっ!!陸くん相当嬉しそうじゃのお・・・。一人暮らしはやはり大変じゃろ?何だったら余ってしまうお中元とかも持って行ったらいいぞい」



ああ・・・!!あなたが神か!!



「それは本当に助かります・・・!!ああ・・・、でも俺は手伝いには行けますけど夏宮さんがどうかは分かりませんよ?なんせ彼女友達多いと思いますし、夏休みは高校生にとっては大切ですからねえ・・・」

「それだと陸くんもそうじゃろ??」

「俺は部活もあるんで、夏休み下手をすればそれで埋まりそうな事を予めクラスメイトや友達には伝えてあります」

「そ、そんなに大変なのか!?」

「ええ大学生の相談事やら、引越し手伝い、町内の草むしりに地域交流会の手伝い、それと部活の担任の先生のお願いで7月の終わり頃に2泊3日で海の家の手伝いに行く感じです。あ、あと祭りの手伝いが数件と両親の実家に顔を出したりするので・・・」


俺の夏休みの予定を聞いた茂さんは何処か気の毒そうな目で見て来る。



そんな目で見ないで欲しい・・・!俺もやりたくてやってる訳じゃいので!!



「ほんじゃワシの手伝いやらなくても・・・「いえそれはやらせてください!」、そんな即答でしかもキラキラした顔向けられたら断れんは・・・」



なんせ死活問題だからな!!

俺は嫌だよ?1ヶ月もやしパーティーとか・・・!パスタ三昧は!!



「ああ!!茂おじいちゃん!!新山くんとおしゃべりしてないでこっち手伝って下さーい!!」



こちらを細目で睨みながらこちらへブンブン手を振る夏宮さん。


「おお。呼ばれてしまったの・・・。そうじゃ陸くんこれで飲み物でも買って来なさい」


そう言って手渡されるのは1枚の千円札。


「いいんですか?」

「ええのええの!2人には頑張って貰っとるし遠慮なく使っておくれ!」


出来る大人の代表格かなこの人・・・。


「それじゃ遠慮なく!茂さんは何にします?」

「ああ、ワシは麦茶をお願いするかのお」

「了解です!それじゃあちょっと行ってきますね!」



千円札を握りしめた俺はこの汗を振り落とす様に、駆け足で自販機へと走り出したのだった。



□□□□□

〜夏宮 瑠奈視点〜


「意外と楽しいかも・・・」


そう呟いた私はカップから慎重に苗を取り出すと予め掘っておいた穴に入れ、埋める様に土を被せて行く。


1つ1つをやる度に上手くできたモノや出来ないモノ、それぞれ多少出来にはばらつきはあるが妙な達成感がある。


思えばここ数年・・・。こんなにも心が穏やかになった時が会っただろうか・・・?


中学生時代は、古川君に振り向いて貰いたい一心でどうすればもっと可愛くなるか、何をすれば彼が好いてくれるのか・・・、そればかりを考える毎日だった。


高校へ入学してもそれは変わらず、彼との恋に敗れたあの日までそれは続いていただろう・・・。



だがしかしあの日に全てが変わってしまったんだ。


私ではなく・・・、高校から知り合ったであろう彼女に彼の心を奪われてしまったあの日から・・・。



「でもこれで良かったかもしれないな・・・」

「ん?一体なんの話かの??」



首に巻いたタオルで汗を拭き取りながら、不思議そうに首を傾げる茂おじいちゃん。



「いえいえなんでもないです!!」



口にしていたとは思わず、私は首を左右に振りながら少し頬を染めた。



昔の私に、今の自分は部活で花の苗を植えています。


っと話しても果たしてすんなりと信じてくれるだろうか・・・?



ましてや・・・、今は古川君よりも気になる人が出来ました・・・!!


なんて恐らく絶対に信じてはくれないだろう。


そんな男はいる訳が無い・・・!と。


そう考えるとやはり出会って1週間程しか経ってない彼は・・・、


「新山くんは不思議だ・・・。喋ってると落ち着くし、何より気を張らなくても良いし・・・」

「ほほう・・・。瑠奈ちゃん陸くんの事考えておったのかの?」



背後にその言葉が突き刺さり、私は思わず勢い良く振り返った。



するとそこにはニヤニヤと何処か好物を見つけた様な、そんな顔でニヤけた茂おじいちゃんがいるではないか。


いつの間にそばに寄ってきたのだろうか・・・!!



「あ、あっとこれは違うんです!!べ、別に新山くんの事を考えていた訳では!!」

「ほほう・・・。そうかそうかあ!!

瑠奈ちゃんは陸くんの事を考えておったのか〜!」

「だから違いますって!!」


私が必死に弁論しても、茂おじいちゃんはいざ知らずにさらに悪い笑みを深める。



「そういえば陸くんとお揃いのスコップじゃのー。これはあちらも少しは気があるんじゃないかあ?」


思わず手が止まり、視線は自然と自分の右手に持つスコップに目が行った。



そういえばあの時の新山くん変な顔してたなあ・・・。




そう思い出すのは先程の場面。


私のために新山くんが揃えてくれた手袋とスコップに喜びが思わず爆発してしまったあの時・・・。


彼は目を見開き、少し口を開くといった普段見せないボーッとした表情をしていたはずだ。


あの顔は一体何だったんだろう・・・。


そうまるであれは、


「案外私に見惚れていたりなんかして・・・。なーんてね・・・」



まあそれはないかと私は直ぐに頭を振って残りの苗を植える。


タダでさえ普段から、あんな調子で流されているのだ今更こんな事で見惚れるはずないか・・・。



「若いっていいのお〜。まあ部外者が口を出すのも悪いじゃろ・・・。


さて、瑠奈ちゃん!!あらかた苗も植え終わったから休憩しようか!わし少し事務室の方へ用事があるから先に休みなさい!!」

「あ、はーい!!」


茂おじいちゃんから休憩の許しが出たので、私は木陰にあるベンチへと腰を落とすと汗を拭きながら、そう言えばと周りを見渡した。


「新山くんいつの間にか居ないし・・・」


彼に限ってサボりというのは考えずらい。恐らくは何か物を取りにでも言ったのだろう。



風が頬を撫で、思わずその心地良さで目を閉じていると・・・。




「真央!?一体どこに行ったんだ!!」



普段からよく聞き慣れた男の人の声が私の耳に届く。

たったそれだけで、今まで落ち着いていた心の内が渦巻く様に動き始めた。


「あれ・・・?まさか瑠奈なのか?なんでこんな所に・・・」


声のする方へ顔を向けるとそこには、少し額に汗を浮かべた元私の想い人がそこで不思議そうに腕で汗を拭いながら立っていたのである。

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