第26話 しゃべるしか


画 : 兄弟ギュウ詰めのベッドから転げ落ちるタヌキ。


〈うわあ!〉


画 : 頭にバッテンのバンソウコウ。

   泣きべそタヌキと両親。


〈ねえ、お父さん。ボク、自分の部屋がほしいよ〉

〈そうだなぁ〉


画 : 悩む父タヌキ。うん、とうなずき。

   新しい家の前で一転ニッコリのタヌキ家族。


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画 : 不動産会社名。検索ボタンをカチリと押す子ダヌキ。



「――はい、ありがとうございました」


 降ってきた声で俺はマイクをオフにした。座って収録するラジオのようなブースだったので手元にカフがあるのだった。子ダヌキ役の女性声優、浦さんも同様にする。


「……アニメにするなんて、お金かかってますよね」

「実写とどっちがかかるんだろう」


 こそっとささやき合った。俺たちに制作側の事情はよくわからない。不動産屋が事業五十周年記念に制作したのがタヌキ家族のアニメCMだった。会社の地元ローカル局オンリーの提供なので俺が放送を観ることはない。


「実写でタヌキだったらかわいいです。私そっちがいいかも」

「タヌキが演技してくれるなら見たいな」


 適当に話していたら調整室が軽く沸いた。見ると居並ぶスポンサー様が拍手している。スタジオも実は完全な防音というわけでもなく大きな音がすれば気配はわかるのだった。


「――ただきました。OKです」


 マイクオンが少し遅れた声が降ってきた。その後ろがザワザワうるさい。俺たちは立ち上がりながらガラス越しに頭を下げた。外から扉が開けられると、人々の声が直で流れ込んできた。


「お疲れさまでした!」


 元気よく言いながら浦さんが出ていく。拍手で迎えられるのにニコニコと応え、クライアントのおじさんたちに愛想を振りまいた。


「かわいいタヌキだった! いやアイデアが形になっていくのを見るのは面白いもんだねえ」


 ご満悦なのは社長だと名刺をいただいた人だった。どうやら社長みずからアニメを作ろうと意見を出し発注し、いろいろ口も出したようだ。会社の広告宣伝費を使って楽しんだみたいで何より。


「お世話になりましてありがとうございます。またよろしくお願いいたします」


 笑顔の社長にブンブンと手を握られた浦さんをさりげなく外に追いたてながら本村さんマネージャーが強制終了した。最近本村さんは営業を統括して見る立場になったそうで、外画だけでなくあちこちに顔を出している。偉くなってもフットワークが軽い。


「――ありがとうございました」


 スタジオを出ると、口をヘの字にして浦さんが礼を言った。社長から助け出した本村さんにだ。


「ごめんな、手ぇ握られちゃって。本当ああいうノリは困る」

「地方のオジサンてあんなもんです。若い女性をだと思ってるんで」


 浦さん自身も上京組だからわかります、とため息をつかれた。女性の生きづらさを垣間見た気がする。まあ田舎の男は男なりに別のつらさがあるとは思うが。


「それはそれとして、全体的にちゃんとしてたね」

「はい」


 歩きながら駄目出しが始まった。まずは浦さんだ。


「息づかいのアドリブでクライアントが感心してたから。そういうのは積極的でいい」

「はい」

「今日のアレ、男の子なんだよね。子どもっていうと声高くなりがちだけど低いのも使えると幅が出るな」

「あ……はい」


 ほめるところ、改善案。きちんと伝えてくれる本村さんはありがたいマネージャーだった。何も言ってくれない人もいるから。

 事務所から見れば俺たちはただの商品だけど、これでも人生を賭けて商品をやっているのだった。この先どうしていけば生き残れるか、売り手としてはどう売りたいかを聞かせてもらえないのは怠慢だと思う。


「各務くんは――」

「はい」

「なんかあったか? 今日浮わっついてたぞ」


 渋い顔をされてガックリした。よく聞いてるな、この人。


「ちょっと無理やり持ち上げてました。乗っちゃいましたか」

「明るく夢を持たせる内容だからちょうど良かったけど。地に足ついた文章だと、さっきのじゃ駄目だ。おまえナレーションでも読まない傾向あるから」

「読まない?」

「しゃべるの出身だからさ。最初からしゃべってたよなあ。普通は、て駄目出しするもんだけど」


 読む。しゃべる。その区別はあまりわからなかった。俺がナレーションを読まずにしゃべっている、と?


「カチッと読めるようにもなれ。朗読とか訓練してみるといい」

「はあ」

「朗読劇じゃないぞ。オーディオブックとかあるだろ、一人で読み上げる。あっちな」

「朗読ですか……」


 そういえば大きな会社が参入しているし、宣伝を見ることも増えた。昔は目で読みづらい人のためにという位置づけが大きかったのが、読書の形が変わり聞き流すものとして市場を拡げている。書といえるのかはわからないが、と本村さんは笑った。


「あれも声優の名前で売るのが出てきてる。好きな声で耳もとで読み上げられたら、どんな本でも聴きたいんだな。そこから作家のファンにもなってくれたらっていうキャスティングだろうけど、そんなうまくいくのか」

「それごく一部の人気声優のやつで」

「おまえたちもそうなってくれよ」


 そんな期待には応えられないだろうが、生き残りたいとは思っている。

 きちんと読め、とは。俺はしゃべっているのか。心の伴う言葉など俺の中にはほとんどないのに。

 他人が書いたセリフだけを延々垂れ流す俺の言葉がしゃべっていると指摘され、俺はまた疑問の渦に叩き込まれてしまった。釈然としない俺の顔色に気づいた本村さんはニヤニヤする。


「新人のと上手いナレーターのも違うからな」

「……さらにわかんなくさせないで下さい」

「禅問答ですかぁ?」


 横で聞いていた浦さんまで悲鳴を上げた。そうだよな、わからないよ。しょせん俺たちの経験値なんてショボいから。

 言われたことがわかるようになる頃にはベテランと呼ばれる年齢になっているのかもしれなかった。


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