第14話 もう偽れない
「各務さんの立稽古を見てると、たまに手をクルンてするんですけど。あれ、なんですか?」
劇団ジョーカーの稽古途中、休憩してるパイプ椅子の前に内田くんがやってきて訊かれた。飲みかけのペットボトルの蓋を閉めて顔を向ける。
俺の代役をやってくれる内田くんはいつも稽古をじっくり見ていた。おかげで俺は気が抜けない。客演で、プロだから。常にまともな物を出さなきゃいけない。だけど繰り返し稽古するこの舞台で、俺は何かをつかみたいと思っていた。緊張感はいいことだった。
「くるん?」
訊き返したらヒョイと手つきを真似して見せられた。ハラリと散った葉を拾う場面の手つき。
「たもとを押さえてるんだよ」
「ええと、着物ですか。ぜんぜん着ないからわからなくて」
目からウロコな顔をされたが、近くにいた連中にも似たようなのが数人いる。聞きつけたジョーカさんがゲンナリした。
「やべえな、こりゃ。一回時代物でもやって叩き込むか」
「
二ノ宮さんも口を出した。講師代からピンハネするんだぁと笑うが、俺たちは同調もツッコミもできないのでやめてほしい。
「各務に落語の講師、頼もうかなあ」
「ジョーカさん、そんな」
「まあ冗談。でもさ、浴衣でいいから稽古で着てみせてくんない? みんなにはおまえの動きの意味伝わってないや。衣装合わせ前に悪いけど」
「……了解です。次回」
浴衣は持ってない。だが落研時代の着物なら一式きちんとしまってあった。扇子も、手拭いも。あれを引っ張り出すことにしよう。
「……わたしも、一ついいですか」
おずおずと入ってきたのは堀さんだった。視線は俺の上。
女性陣からハブられ気味の主演女優は小柄で童顔、確かに劇団の女優たちの中でいちばん高校の制服を着こなせる人材だった。でもそれだけじゃない。ちゃんと台本に真っ直ぐぶつかって頑張っているのが俺にもわかる。見てれば真面目な子だとわかるはずなのに、女の嫉妬ってのは怖い。
「何?」
「三場の終わりの方の、幽霊かどうか確かめようとするところ。手を突き出すんじゃなく体ごと行ってみてもいいでしょうか」
「それ
「んー。目ェつぶってガン、と行ってるのがわかれば。次やってみておもしろければ採用」
「じゃ俺はヌルーっと一定に歩いてくから、ちゃんとすれ違ってね。俺からは
「はい! ありがとうございます」
ペコ、と跳ねるように頭を下げられた。そうだよな、ジョーカさんが「あんなコドモに手を出すわけなかろ?」と言うはずだ。高校の演劇部ってこんな感じかもしれない。
「そこだけやってみるか」
言って俺は立ち上がった。三場はさっき通したばかりだ。次といっても今度の稽古まで合わせられない。さっさと決めておいた方がいいだろう。
「え、あ、すみません。いいですか」
「うん、試してみよう。ジョーカさん見てて下さい」
「おーっす」
床にいくつか貼ってある
〈いやいやいや嘘だって。ユーレイとかありえないって。いくら火葬場だからって、あたしそういうの見える人じゃないもん!〉
〈でもあの人誰からも見えてないっぽいしワンチャンそうかもしんないし……そだ、さわれるかどうかでわかるよね?〉
〈よ、よし、さりげにぶつかれ――ばッ!〉
堀さんがギュッと目をつぶった身振りで突進。悩みながら歩いている俺のギリ後ろを通りすぎ振り返ると仁王立ちする。
〈マジ!? 当たらなかったじゃん!〉
「はい、そこまでー」
止めたジョーカさんはうなずいた。
「今のさ、相撲の突っ張り稽古でやってみて」
こういうの、と動きをやってみせる。脚を広げて中腰のまま両手を交互に前へ。
「はい!」
「脚当たりそうだから進路少し修正よろしく」
「はい!」
んじゃもういっかーい、とジョーカさんは気の抜けた感じで言った。だが同時に、この抜き稽古を憎々しげににらんでる連中がいるのを確認しているのがちゃんとわかった。
貸稽古場を転々とする劇団ジョーカーは、稽古が進むにつれ荷物が増えていく。主にスタッフ専任の団員たちが持ち道具や各種テープ類、音響機材などを分担して運んでくれていた。そういうものがすべて搬出されるまで、客演ではあるが礼儀として俺も残っていた。
「お疲れっしたー!」
全員で挨拶し、散る。するとタタタと堀さんが寄ってきた。主演だけど下っ端な彼女はそこそこの荷物を抱えていた。
「あの、各務さん。今日は抜き稽古ありがとうございました」
「いや。何か思いついたら遠慮なく提案してよ」
「はい」
ペコリとして歩き出すのを見送ると、内田くんが声をかけるのが見えた。荷物を持とうかと言っているらしい。頑張ってんな。
「悠貴」
いつの間にか美紗が俺の横に来ていた。横目で応える。
「ん」
「帰ろ?」
にっこりされた。
貼りついたような顔だと思った。宣材写真と同じ顔。美紗自身がいちばん綺麗だと信じているのであろう笑顔。
「……帰るよ」
俺の家に帰る。その意思をこめてしゃべった。
今のは俺自身の心がのった言葉だなと、ふと感じた。なんてくだらない。だがそうか、こんなところに俺の真実はいたのか。真実なんてこんなもんか。
奇妙な感慨をおぼえていると美紗は駅へと歩き出した。ついてこない俺をうながすように振り向く。俺はゆっくり踏み出した。
「堀さん、元気だよね」
並んだとたん投げられたその言葉はセリフじみていた。切り出し方を用意していたのだろう。美紗が抜き稽古を直視せず、しらけた顔だったのを俺は知っている。
「主役は元気なのがいいんだよ」
「元気なだけじゃ駄目じゃない?」
そうだな、とこれまでの俺なら言ったかもしれない。
そうだな、でも。ってさ。
他に思うことがあっても一つ肯定を挟んで。美紗に気をつかって。だけど今は。
「あの子、それだけじゃないだろ」
俺はひと言目で美紗を否定した。
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