生きのこれ
第12話 ふら
俺が
『きみ〈ふら〉があるなあ』
そう声を掛けられたのは学生時代。アニメ好きの友人の付き合いで一般公募のオーディションに行った時だ。
何故か書類が通って地区予選的なものに行った。そこで一芸披露として俺は短く落語をぶったのだ。それ以外にできることなんて何もなかった。そしてオーディションにはあっさり落ちた。
『ふら、ですか』
『うん。なんか目を引く……というか耳を引く。落語的な愛嬌のふらとは違うかもしれんけど。おもしろいから俺んとこで少しやってみないか』
人の中でふと目立つのは橘さんが新歓で俺を引っ張った時にもそうだったらしい。俺自身はそれがいいことだと思えなかった。他の人のように世界に馴染めていないだけ。言い換えれば浮いているってことだろう。
だが本村さんの琴線に引っかかった俺はバイト感覚でスタジオに行くようになった。ちょっとずつ演技に慣れ、仕事が増え、なんかこのまま食えるんじゃないかと思うようになり、実際なんとかギリギリ食えてしまったので就職活動という荒波に身を投じることなく声優を続けている。
ここで食いつめたら次にどうしようという恐怖は常に心の底にあった。デスクかマネージャーに転向して事務所で雇ってもらえないかとたまに思う。そう訴えても芝居を頑張れと激励されるだけとわかっているから口にはしない。
大学を出たもののつぶしがきかない俺はもう、腹をくくってガツンと前に出るしかないのだった。ジョーカさんはたまに本質を突く。嫌な、凄い人だ。
そして俺が食いつなぐ希望がもたらされた。アニメに通ったそうだ。
「各務さん、やりましたよ! 『人みしり第七王女は名探偵』入りました!」
「え……?」
事務所に顔を出すなり座間さんに言われてフリーズした。それはなんだっけ、といえば直近で座間さんと関係する件はアニメのオーディションだった。あれに受かったのか。オーディションてのは落ちるものだと相場が決まっているはずでは。
「あ、えっと、本当ですか」
「本当ですよぅ。しかもアラン団長役です」
「団長?」
座間さんはニッコニコだ。対して俺は困惑の極にいた。悪役じゃなく、こっちもやってみてと言われたついでのアレに通っただと。
「あのイケメンな騎士団長……?」
「そうです。いやあアラン様、女性人気ありますからね。いい役取れました」
「詳しいんですね」
「原作ファンなんです!」
グッとガッツポーズする座間さんが生き生きしている理由がわかった。好きな作品に関わるのはこんな業界にいるなら夢だ。そうか、叶ったのか。
「……よかったですね」
「違います、各務さんがよかったんですよ。私も嬉しいですけど、おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「なんかパキッとしないんですよねえ、各務さんて」
笑われてしまった。ピンとこないのは仕方なくないか。俺は別にその『人みしり第七王女は名探偵』――『
だがこの後のことを聞かされて少し青ざめた。単発の映画吹き替えやマイナードラマとはさすがに違う。
春アニメなので収録はまだ先だ。だがPVを第四弾まで作って順に配信。キャスト情報もそれと連動して出していくから解禁までは口外禁止。
「鍵アカでもバラしちゃ駄目ですよ。どこから漏れるかわからないですから」
「SNSやってないです……」
「一個も? 逆にそれはちょっと……名前売るチャンスなんで、宣伝しませんか」
そして放送が近くなったら公式チャンネルを開設し主役二人によるラジオ風の番組をやるので、そこにゲスト出演してトーク。
「トーク!?」
「生配信じゃないから大丈夫ですって。マズイこと言ったら編集できます」
座間さんはあっさり言うが、そもそも俺が声優をやっているのはセリフがもらえて安心してしゃべれるからなのに。
「台本的なのはありますよね」
「そりゃあ作るでしょう」
「でもやだなあ……あ、まさか顔出しですか?」
「んー、まだわからないです」
なんだか死にそうな気分になってきた。顔写真は事務所ホームページのプロフィールに載せているんだし今さらだが、素でしゃべっているところを撮られて配信されるのは。せめて声だけにしてくれ。俺は精神的によろめきながらなんとか答えた。
「……とにかく、原作を履修します」
「お願いします! ああでも各務さんがアラン団長にハマるなんて予想外でした」
原作ファンの座間さんは見たことのないウットリ具合だ。ちょっとかわいくて笑ってしまう。
「予想外ですみません。座間さんに振られた役とは違いましたね」
「それはね、あの時の名乗りですよ」
「名乗り」
喉がひらかなくて声が出なかった、という記憶しかないんだが。
「静かな抑えた調子がよかったみたいです。それで急にアランも聞きたいって言ってもらえて。アラン様は厳しい中でホロッと優しさがこぼれるギャップ萌えキャラなんです。勉強してきた皆さんは優しい声が甘すぎちゃって。各務さんのは貫くような上司感がキュンときました」
力説されて目が点になった。原作があるならファンの想像するものに寄せて供給するのが制作サイドの命題だ。声優だってそこに乗らなきゃいけない。そのため萌えポイントにフォーカスする演者が多かった中、知らずにやった俺が通ったと。運がよかっただけじゃないか。
「そんなことないです。名乗った声だけでアラン役をと思わせたんですから、各務さんの魅力ですよ。自信持ってビシバシ団長やって下さい」
そう座間さんは言ってくれた。だがそれは俺の力なのか。俺の〈ふら〉か。だってあの時の俺は、橘さんに囚われてしゃべっていたんだ。
彼の見透かす視線。探るような言葉。寄席の隅々まで支配する駆け引き。
二ツ目の噺家が投影された結果、イケメン騎士団長のできあがり――
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