第11話 振り向かれるより


「各務ぃ、おまえ神になってない? さわらぬ方がいいヤツ」


 うけけ、と笑うジョーカさんに連れられて、俺は稽古終わりに飲みに来ていた。小さな居酒屋の座敷席。

 今日は演出と客演限定と宣言されて劇団員はいない。もう一人の客演の二ノ宮にのみやさんと三人だ。おそらくジョーカさんと同年輩の舞台女優である二ノ宮さんは梅干し入りの焼酎お湯割りをチビチビしながらめちゃくちゃ楽しそうだった。若い男の子が困ってるのって眼福だよね、と言われた。


「たたりませんよ俺。それにあれ、俺のせいじゃないです」

「ジョーカちゃんのせいだよねえ」


 二ノ宮さんはジョーカさんを「ちゃん」呼ばわりする。いろいろを積み上げてきたのであろう先輩方に挟まれて、俺は苦笑いするしかなかった。


「俺かあ? 俺かなあ。だって女の争いをどうにもできないよ」

「小娘を引っ張るなら周りにフォローがいるでしょうが。気のつかえない男だわ」

「適任だから役つけただけなんだけど。他に女子高生できる女優、うちにいないし」


 の立った制服コスプレなんて見たかないだろ、とジョーカさんが力説する。そこだけ声を張るのはやめてほしかった。しかも無駄にイケボで。


 今回の芝居は火葬場とその付属の葬儀場を舞台にした家族もののハートフルコメディだ。

 祖父の葬儀に参列している女子高生役が研究生の堀さん。痴呆が入っている祖母役を二ノ宮さん。葬儀に参列するのだが父親と何か曰くありげな謎の女を美紗。その他もろもろ。

 そして俺は葬儀場のロビーや入り口外にたたずむ不思議な男の役だった。他の人々と視線も合わさず関わらず、絶妙にすれ違う。しかも着物姿なもんで幽霊が見えてしまったかと主役の女子高生をあたふたさせるという役どころ。実は隣の葬儀の関係者で、ただのコミュ症だ。人との絡みが少ないので稽古場が微妙な空気でも問題なかったりはする。


「この台本ほん読んだ時、ああこれ各務にやらせてえな、て思ったんだよね」

「なんでですか」

「ううん、あたしもわかるぅ。セリフ少ないし声優呼んどいて失礼じゃないのってはじめは呆れたけど、各務くんおもしろいよ」


 ねー、と納得し合われて俺は意味がわからなかった。何もおもしろくない。


「おまえ着物着こなすからってのもあるけど」

「へえ、この子和装が似合うんだ? 衣装合わせ楽しみ」

「昔落語やってたんだってさ。でもやっぱ、たたずまい、だな。なんかこう居心地悪そうに生きてるし」

「いやいや、その言い方だとかわいそう。だいじょうぶかなあってヨシヨシしたくなるの」

「おばちゃん! かまわれるの迷惑だから」


 揃ってゲラゲラ笑われる。為すがまま流されるまま困っているのは今がまさにそうだが、いつも同じかもしれない。居心地悪そうに生きているとは言い得て妙。


「おまえいつもどうしていいかわからない顔してんだもん」

「そう。それでなんか気になって振り向くの。二度見?」

「それだ、二度見!」


 二度見したい男、というキャッチフレーズを冠せられた俺はもうただの酒の肴だった。俺じゃなくて、あなたのところの劇団員と研究生のゴタゴタの話じゃなかったか。


「いちばん問題なのって堀さんの孤立じゃないんですか。俺とか美紗はどうでも」

「やー、鮎原さんもさあ、腹くくり時じゃないか」


 ジョーカさんは意地悪い顔でニヤリとするが目は笑ってなかった。美紗もそろそろ決断の頃合い。劇団主宰からはそう見えるのか。


「あの人が声優に向くか、各務はどう思うよ」

「……いえ」


 そこは嘘をつけない。俺だってあれこれ見てきているのだ、美紗が突き抜けるかといえば無理だと判断せざるを得なかった。


「そこそこ美人だがオオッとなる華はない。それにキスシーンどころか抱擁すら嫌じゃ顔出しもキツイしさ」

「ですね」

「舞台ならなんとかやってけるだろうけど、本人がそれ一本に絞る気になるかどうかなあ」

「あたしみたいに舞台だけにすりゃ長くできるわよ。あんまり食えないけど」


 二ノ宮さんが不敵に笑んだ。あちこちの劇団と舞台人から重宝がられる熟練の舞台女優。ここまでくると味のある脇役としてテレビや映画にもちょこちょこと出演するようになる。そこまで美紗が割り切って生き抜けるかということだ。


「俺は、舞台も好きなんですけどね。生だから」

「やあだ各務くんたら生とか、エッチ」

「二ノ宮さぁん……」


 人が真面目に言ってみれば。

 クイとあおるジョーカさんのコップが空になったので手を出したら止められた。自分で作り始めるお湯割りは濃い目だ。箸でくるくる混ぜながらジョーカさんが言うのもどこまでが冗談なのかわからない。


「鮎原さんがこのまま食らいつくならいいさ。でもやめるのも潮時。その時に結婚迫られないように、おまえ生ではすんなよ」

「……結婚に逃げるのはプライドが許さないんじゃないですかね」

「そんな発言あったらしいな」


 ニヤァ、と笑う情報源はきっとだろう。ジョーカさんの恋愛には口出ししないが、枕していると堀さんが叩かれていることに関してはちょっとかわいそうだった。


「ジョーカさんこそ迫られないんですか」

「俺は迫られたら別にいいぜ」

「……うわ」


 軽く嫌味をぶつけたら平然と言い返されて俺はズルと背中まで滑り落ちた。そうだ、ジョーカさん去年離婚して今は独身だった。


「かっけえ……」

「あら駄目よぅ。ほんとにカッコいい男は自分から迫ってキメるの。ジョーカちゃんなんか半端者よ」

「えええ、厳しいなあ」

「だってあんた、キツけりゃまた離婚すればいいやぐらいに思ってるでしょ!」

「そうだけど」

「ほーら、なんの覚悟もないのよこの男」


 ズタボロに言われたジョーカさんはそれでもふへへ、と笑う。


「各務もハッタリでいいからみせな。そしたらおまえ変わるよ」

「――は?」

「二度見じゃなくてさ、最初から目が離せなくなるようなのを出せっつってんの。両方使えるようになりゃ強いぞ。生の反応もらえる舞台やってるうちに、そういうのつかめ」


 ガッと前に出ろよ。

 そう言ってくれたジョーカさんはいつになくに見えた。


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