第4話 先人の言葉


〈あいかわらず

 それっぽいなおまえ〉


 返信してないのに連投されてきたその言葉に、ムッとしながらも手足の先が冷たくなった。それっぽい。

 そしてまたポコン、と受信。


〈おまえのこえでふきげんになったら

 彼女すねたし〉


「は?」


 言いがかりだろ、それは。仕方ないので返信する。


〈彼女いるんですね〉

〈いるわ〉

〈ていうか何をみて〉

〈さばくのていこく、3〉


「……」


 くそ。かつがれてる。

 そんな映画ないだろ。少なくとも俺は出てない。第三部が作られるような人気映画、やれば覚えてるし。


〈それ俺じゃないです〉


 素っ気なく返したら、またポコンと来た。


〈たまには寄席こい〉


 それきりメッセージは止まった。


「……勝手だな」


 ため息とともにつぶやく。

 昔からたちばなさんは自由な人だ。自分の考えを臆せず人にぶつける。そのせいで落研の先輩たちと揉めることもあった。あげくに「芸と向き合ってみるわ」と師匠に弟子入りして大学を辞めた。

 そんな人だから俺の仕事の何を観たのかわからないが「それっぽい」という評価でえぐられる。そもそも本当に観たのかどうかもあやしいが、あの人が言うならそうなんだろう。

 だって、自分自身そう感じている。




 俺が落語を始めたのは大学に入ってからだ。それまではほぼ聴いたこともなかった。小学校で『寿限無じゅげむ』ぐらいなら紹介された気がする。


『そこのカッコいい新入生、口がうまくなればもっとモテるぞ』


 そう言って落研に俺を勧誘したのが橘さんだった。

 無地の着物にさらりと角帯かくおびを締めて雪駄せった履き。ユニフォーム姿の体育会やチャラチャラしたテニスサークルと地味で真面目そうなナントカ研究会があふれるキャンパスに、彼だけ違う空気をまとって見えた。


『……俺カッコよくないです』

『いや見た目わりとイケてるよ? でもしゃべるの苦手だよな』

『はあ』


 なんでわかるんだ、と思った。そんなにうつむいて歩いていただろうか。

 陽気でグイグイくるやからと、陰気でも好きなものへの熱量はすごい連中。新歓に沸き返る中で所在なかったのを見透かされた。

 落研だというのに、彼の鋭い目は人を笑わせようとして見えない。誰かと向き合って何を言えばいいかわからなくなる俺には嫌なタイプだと思った。なのに。


『いやいや、落語ってね、もう出来上がってんのよ』


 橘さんは薄ら笑いで言った。


『自分が何も持ってなくても、そこにある言葉をしゃべればいいのさ。先人の知恵をお借りできるから』

『そこにある言葉』

『人あしらいってもんは、形式を踏襲するところからだよ』


 そうして引きずられていった俺は、自分一人で顔を右左かみしもに振り会話する落語のやり方に初めてふれた。

 人前でしゃべるなんてとんでもないと思っていたが、決まった噺を覚えるならできると期待した。口下手だがそれならば。

 自身には何もなくても、という橘さんの言葉が耳に染みこんでいた。人と話すにはパターンを覚えればとそそのかされた。それは俺を侵す毒だった。




 朝イチ十時の仕事は現在唯一のレギュラー。吹き替えのドラマは作り物めいた恋愛で、気が強いけど抜けたところのある庶民の女に御曹司が惚れてしまう黄金パターンだった。そして俺は御曹司の会社の社員だの、嫌みな親族だのをいろいろこなしている。


「あ、各務さん。おはようございます!」


 珍しく動画アニメ担当の女性マネージャーがスタジオに来ていた。座間ざまさん。俺はアニメも外国製の吹き替えしかやったことがないのであまり座間さんと馴染みはない。外画の仕事場にどうしたと思ったら、数枚の紙を渡された。


「オーディション資料です。スケジュール、おとといデスクからお伝えしましたよね」

「あ。そうか、あれアニメでしたね。あの話と座間さんがイメージつながってなくて、今きょとんとしてました」

「もう、しっかりして下さいよう」


 けらけら笑い、座間さんは他のメンツにも資料を渡しにいった。ここはうちがユニットでやっている現場なので同じ事務所の連中が多い。それで直接来たのか。

 ざっと目を通した。『人みしり第七王女は名探偵』。漫画原作だが大元はウェブ小説。女性向け。読んだことはなかった。受ける役は悪事を女主人公に暴かれる宰相。ベタベタな悪役だ。

 ちょこまかと出番がありそうなのでギャラ的に助かるかもしれない。レギュラー扱いになれるだろうか。声優は一話参加していくらとギャラが決まっている。セリフの量や役柄の重要度じゃないから作品レギュラーとして毎週モブで出演できるとありがたい。


「各務さん、おはっす」

「お。おはようございます」


 声をかけてきたのは今日の吹き替えの方で主演している関根という奴だった。事務所は違う。だがジョーカさんの劇団の人なので声優になる前から知っていた。

 劇団の舞台から声がかかり、掛け持ちで事務所に所属。アニメにも起用されそこそこ売れ始めるという理想のルートをたどるシンデレラボーイ。忙しくなってきちゃって、と今回の舞台には出ないそうだ。

 関根には美紗が内心かなり苛々しているようだった。劇団の後輩が仕事してるからって焦っても仕方ないのに。


「それ僕も受けます」

「へえ。俺アニメやってないから厳しいだろうけど、もしご一緒できたらよろしく」

「いえ、こちらこそ」


 言いながらカバンをごそごそする。出したのは同じ資料だった。だが役が違う。


「僕、これで」

「イケメンだ。いいじゃない」


 そう持ち上げて笑っておく。関根はたぶん自分の方がアニメをやっているとマウントしたがっているだけ。俺もこういうは本当にできるようになった。

 関根が受けるのは男主人公の上司である騎士団長だそうだ。冷静沈着ながら包容力があってというタイプか。


「ヒーローは回ってこなかったっすね。遠いなあ」

「アニメのメインなんて俺は一生関係ないよ、きっと」


 適当に流しながら関根の持つキャライメージ絵に目を落とした。表情ラフには微笑んだ顔もあるが、にらんだり叫んだりが並んでいる。その中の真っ直ぐこちらを見る試すような視線がふと橘さんを思い出させた。

 すごく腹が立った。


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