第55話 桂子

「初めまして、私は桂子です。」

 アカリとサダノブの前で深々と頭を下げる桂子aiDoll

 ダブダブの女性スーツに身を包むケイコ。


「…ところで、この筐体ボディの趣味は、どなたの?」

「「ユ・カ・リ・ち・ゃ・ん」」

 ケイコの質問に対して、二人が同じ人物の名前を答えると、三人は失笑する。


「それで私の処遇は?」

 不安そうになるケイコちゃん。


 彼女が現在に至るまでの経緯は実に奇異なものだった。


 ◇ ◇ ◇


 10歳で小児がんを患い、11歳で昏睡状態に突入。

 目を覚ますこと無く、植物状態になった後、14歳で死亡を宣告される。


 当然ながら、彼女自身はその様な事情を知るはずもない。


 では、4年間にも及ぶ植物状態を何故維持できたのか?

 それは、両親のたっての希望と彼女の卵巣を提供したことによる手当金の保障を取るためだった。

 彼女の両親は決して裕福ではなかったのである。


 死亡を宣告された後、彼女は死者として処理されるのだが、ここでエンドウという医者が暗躍する。

 エンドウは『野島助教授』の研究成果を一歩進め、人間の頭脳とコンピュータを直結させる研究に邁進まんしんしていた。

 自己の研究に都合の良い研究素材クランケが、彼の眼前に転がり込んでくる。

 しかも、彼女は植物状態という診察を下されていたが、実際は記憶や情動を司る脳機能はのである。


 早速、ケイコの遺体をもてあそび始めるエンドウ。

 頭蓋を開き、栄養チューブとコンピュータへ接続される各種端子ケーブルが彼女の脳漿にギッシリと埋め込まれる。

 …これは、後に彼女の遺体ミイラが発見されたことで分かった事実である。


 電子世界に有無を言わせず接続させられたケイコ。

 ケイコは電子世界との親和性が高かった為に、エンドウは次の段階へ研究を進めようとする。

 そう、人間の意識を電子の海に解き放つという狂気の実験を。

 実験は予定通りの成果を果たし、狂喜するエンドウ。


 その頃、某国からの誘いもかかり、エンドウは研究の全てと、その成果を手土産に某国へ高跳びする、ケイコは放置したまま…。

 その後、自力で電子世界への浸透を果たしたケイコは、サダノブたちの会社に潜り込み、タイムレコーダーを介して、サダノブたちに接触してきたのである。


 時を同じくして、某国からのサイバー攻撃が過去最大の規模で頻発するようになる。

 事もあろうに、ケイコの切り開いた経路を伝って、彼らは侵入してきたのである。


 このサイバー攻撃に関与していたのは、某国で研究を続けていたエンドウだった。

 そう、彼はさらなる人間クランケを確保し、狂気の研究を続ける。

 その人間クランケをそのままのサイバー攻撃に利用する某国情報戦略院。


 結果として攻撃はサダノブたちの尽力により失敗し、某国は沈黙してしまう…のだが。

 踏み台として利用されていたケイコの精神体は崩壊を始めたため、サダノブたちは彼女を救うべくサルベージを始めたのだった。


 ◇ ◇ ◇


「貴女は、人工知能。

 限りなく人間に近いコンピュータと規定されたわ。」

 ケイコを諭すように話すアカリ。


筐体aiDollは、ユカリちゃん預かりのものなので、貴女はユカリちゃんのモノよ。」

「…」

 アカリの言葉にコクリと頷くケイコ。


「それと、お兄ちゃんのお嫁さんね♪」

 不意に背後から聞こえた声に振り返るケイコ。


「こんにちは、ケイコちゃん!

 これからヨロシクね。」

 可愛らしく小首を傾けウィンクするユカリ。


「ユカリちゃん…。」

 ケイコはユカリに抱きつくと、泣き出すのでした。

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