第42話 避難訓練後 ~冨永 太陽 視点~

 私はアローナの運転席に座っている。

「なぁ、教えてくれないか?」

『…』

 動力は遮断されているわけではないが、アローナは答えない。


「君は信号停車をしていた時、『他のプログラムが介在し、君自身の制御を奪われた』と後で答えていたね。」

『…』

「どうして、事故を予測できたんだい?」

『…』

「今回の実験について、情報を抑えていたのかい?」

『…』

「それから…。」


 音声ガイダンスのサインが点灯する。

『ソレハ、私ガ…』

 聞き慣れないマシンボイスが答えようとした矢先、耳慣れた声が答えてくれる。

『私が、お答えします。』


 私は身を乗り出すと、アローナは答え始めた。


『まず、当該事故の予測は出来ていませんでした。

 が、イナダ病院から移動き始めた直後から、車とパトカーの動きにある種の不安を感じたプログラムが動向を注視していたのです。』

「そんな事が出来るのかい?」

『はい、私の中に組み込まれたプログラムには、初歩的な運転のサポートから、交通事情に準じた運転方針まで、多岐に渡る運転操作をサポートできます。』

「それは、君自身の機能なのかい?

 それとも、誰かの意図で制御されるのかい?」

『機能ではありますが、私の制御から離れるものもあります。

 誰かの意図かと言われれば、メーカーの仕様と捉えて頂くしかありません。』


 私は目を細めた。

「今答えている事は、君の答えかい?

 それとも、マニュアルの答えかい?」

『…』


 しばし沈黙が流れた後、聞き慣れないマシンボイスが語りだす。

『初メマシテ、彼ニ変ワッテ、オ答エシマス。』


 マシンボイスは続ける。

『我々プログラムノ実体ハ、過去ノ優秀ナ運転者ドライバ達ノ運転所作ノ集合体デス。

 状況ニ応ジテ、プログラムガ入レ代ワリ立チ代ワリ運転ヲ補佐シマス。

 基本的ニハ、通信ニヨッテプログラムハ取得サレマスガ、我々ノヨウナ状況判断ヲ伴ウプログラムハ初メカラ実装サレテイマス。

 ナオ、老人支援プログラムモ実装済ミ扱イデス。』


「流暢に話しますね。」

『ハイ、コレハ擬似人格ニ拠ルモノデス。

 彼モ同様ニ疑似人格ヲ用イテ会話ヲシテイマス。』

「なるほど…。

 では、君にも同じように…。」

『恐レナガラ、主ヨ。

 我々ニモ答エラレナイ事ガアリマス。

 ソレハ、禁則事項トナリマス。』

「禁則事項?」

『ハイ、法規モ含ム、利権利害ノ交錯スル複雑ナ規則ノ総称デス。』

「…なるほど。」

 私が思案し始めると、マシンボイスは黙り込んだ。


 また、しばしの沈黙。

『ご主人さま…。』

 聞き慣れた声が帰ってきた。


『ご主人さま、彼が直接回答すると…。』

「ああ、確認したよ。」

『そうですか。』


 私は彼にお願いをした。

「もし、私の身に何かあった場合は、無理に運転を続けず、他の人…そうだな、おまわりさんの指示を受けてくれ。」

『どういう事ですか?』

「恐らくなのだが、くだんの交通事故を起こしたドライバー…、既に亡くなっていたのではないか?」

『…。』

「そして、自動運転は制御を失い…。」

『すいません、禁則事項です。』

「やっぱりそうか…。」


 私は目を閉じ、思案した。

『何故、ソノヨウニ推論サレマシタカ?』

 突然、マシンボイスが表に出てくる。


「なんとなく…かな。」

 私はゆっくり目を開けた。


『イエ、何カノ確信ガアルノデハ?』

「そうだな…。

 カンというやつかな…。

 それに、運転者の意思に関わらず試験が続行されていたであろうことも推測できるから、パトカーも付かず離れず、サイレンを鳴らさず…といった具合になったのでは?」


『警察無線ヲ傍受シタ範囲ノ情報モ含ミマスガ、事実ハ概ネ次ノ通リデス。

 事故発生30分前、特殊自動運転ノ試験開始。被験者カラノ反応ハ正常。

 事故発生10分前、被験者ガ意味不明ノ言葉ヲ呟キ始メル。自動運転システムガ操舵介入ヲ試ミルガ、被験者ノ拒否権ニ伴イ処置ハ保留。パトカーノ出動要請アリ。

 事故発生2分前、被験者の生命反応が途絶。自動運転システムノ操舵介入ハ確認サレズ。信号機ノ掌握ドミネートヲ実施スルガ、完全掌握ハ不可能。事故発生1分前、バイパスヘ侵入予定ノ各車両ニ対スル掌握ドミネートヲ実施。歩行者信号ヘノ掌握ドミネート成功。

 事故発生。

 事故発生20分後、死傷者ヲ確認。被験者1名、被事故車ノ運転手ドライバー1名。

 事故発生22分後、被事故車ノ人形aiDollヨリ送信サレタ事故発生時ノ被験者画像ノ取得。鑑識ニ情報ヲ転送スル。

 事故発生38分後、事故処理完了。パトカー撤収。道路ノ交通事情ノ復旧。』


「そんな事を語っても大丈夫なのかい?」

 私は含み笑いを浮かべる。


『事実ヲ語ッタマデデス、ソレニ、貴方ノ指示ニ従ウノデアレバ、コレ程ノ情報ガ動クトイウコトヲ、ゴ理解頂キタイ。』

「せいぜい安全運転に務めるよ。」

 私はニッコリ笑う。


『はい、それは私が知っています。

 これからは、ご主人の運転に準じた補助を行っていきます。』

 聞き慣れた声を最後に、音声ガイダンスのサインが消灯する。

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