第40話 お買い物 ~アローナ(aiDoll)視点~

 確かに違和感はあった。


 普通に運転している筈が、あるプログラムが引っ切り無しにナビ情報の照会を行っていた。

 日頃は、顔も出そうとしないプログラムが今日に限ってやたら賑やかだった…これが、違和感の元凶だ。


 くだんの交差点に近づく辺りから、こちらの運転操作にも割り込みをかけてくる。

 そして、信号停止のタイミングで、運転の制御はプログラムの預かりとなってしまい、直後の事故発生である。


 それから先は、まぁ大変なものだった。

 目の前に張られる規制線。

 後方の車両から順次誘導される中、パトカーからの指示に応えて、事故発生時の動画情報の提供に答えるくだんのプログラム。

 送られていく画像は二つ。

 一つは、車載カメラアローナで取得した事故画像。


 そして、もう一つは…。

『私達の記憶をお願いします…。』

 私達アローナの横をすり抜け、くだんの事故に巻き込まれていくセダンの同乗者視点の画像だった。


(なぜ?

 なぜ、こんな画像が?)

 困惑する私に、くだんのプログラムが回答する。

彼女aiDollカラノ要望デス。』


(なぜ、彼女aiDollは無謀な運転を阻止できなかったんだ?)

『オーナーノ要望ニ逆ラウ術ヲ、彼女aiDollハ持ッテイマセン。』

(そういえば…。

 そもそも、彼女aiDollは事故の発生を何故予見していたんだ?)

『私ガ、他ノ車載電算機aiDollニ対シテ、起コリ得ル事象ヲ連絡シ、注意喚起ヲ促シテイマシタ。』

(それで、私からも運転権限が剥奪されたわけですね。)

『御意。』


 私自身aiDollには、対人用のインターフェースプログラム以外にも、運転に係る多種多様なプログラムが実装されている。

 それが、あたかも多重人格のように動作し、人々の生命財産を守る仕組みになっている。

 今回の一件は、その動きが表面化した一幕ではあった。


 ◇ ◇ ◇


 ご夫妻は放心状態だった。

 おじいちゃんは、自分に微笑みかけた女性の顔が脳裏に残り、おばあちゃんも買い物の記憶も飛び、胸を抑えてドキドキしている。


 いよいよ私の移動を指示するべく警察官が近づいてきた。

 さて、警察官が声をかけるも、まだまだ困惑気味のご夫妻。

 事態を見かねた警察官はアローナに話しかけてくる。


「自動運転は可能ですか?」

『レベル4自動化運転技術プログラムに対応しています。』

「では、誘導用ドローンを先導させるので、真っ直ぐ帰宅して下さい。」

『了解しました。』


 そう言うと、警察官は無線で指示を行い、上空には誘導用ドローンが到着する。

 誘導用ドローンとは、GPS誘導やWi-fi通信の母機として機能することで、『レベル4自動化運転』をアシストする最上位の機械であり、衛星通信や市街地Wi-fi網から抜けてしまう、ご夫妻の自宅への完全な誘導にはもってこいの一品である。


 私はご夫妻に帰宅する旨を優しく伝え、警察官の誘導指示に従って、迂回路に移動することにした。


 ◇ ◇ ◇


「お義父さん、お義母さん、お帰りなさい。」

 自宅に着くと、息子さんのお嫁さんaiDollがご夫妻を迎えてくれた。


 誰が連絡をしたのかはともかく、あんな忌まわしい事故を見た直後だ、迎えてくれる人が居るだけでも、それは良しとすべきだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る