第38話 自動運転車 ~冨永 太陽 視点~

 私が『アローナ』を購入したのは、半年前の事であった。

 一年前に定年を迎えた私が、今更新車を購入できるのかという不安もあったが、政府の推奨する『高齢者運転支援システム補助金』、および『レベル4自動化運転技術プログラム参画支援融資』の力を借りれる事がわかり、購入に踏み切った。


 経済的な問題はともかく、購入した最大の理由はセガレが巻き込まれた交通事故に起因している。


 くだんの交通事故が発生したのは、9ヶ月前。

 長距離トラックの運転手だったセガレが勤務中、高速道路を逆走する普通車と正面衝突事故を起こしたのである。


 トラックの正面にめり込むようにして大破した普通乗用車。

 セガレは怪我をしたものの、何とか一命を取止めたが、普通乗用車の運転手は即死状態だったらしい。

 逆走の理由も判らなければ、何処から逆走していたのかも不明。

 事故は加害者死亡による略式処理にて、速やかに解決されてしまった。


 普通乗用車の運転手は私と同年代の男性。

 家族を残し、彼はこの世を去った。


 こちらは被害者だったのだが、事故以降の出来事は、実に後味の悪いものだった。


 事故で主を失った悲しみと、やり場のない家族の悲哀。

 判っていても、それでも被害者こちら側に罵声を浴びせかける家族の心情。

 これから第2の人生を歩もうとしていた矢先に起きてしまった故人の喪失。


 私もいろいろな人生経験を積んできたつもりで居たが、彼らに掛ける言葉を見い出すことは出来なかった。


 セガレも両足を複雑骨折し、半年以上の入院を余儀なくされ、今もリハビリの日々を送っている。


 加害者、被害者の両方が辛い思いをする交通死亡事故。

 自分が事故の当事者にならないためにも、既存車を手放し、『自動運転』に対応した自動車の購入に踏み切ったのである。


 ◇ ◇ ◇


 さて、実際に運転してみると、『自動運転』を意識することは殆どない。

 優秀なカーナビが搭載された自動車程度の認識である。


 まぁ、私も安全確認を意識しているつもりなのだが、見落とすこともある。

 そういった時の補助機能には、度々助けられている。


 この点に関しては、ただただ頭の下がる思いである。

 ゆえに自動車に対しては、敬語を使ってしまうこともあるのだが、その姿を眺めては家内も笑顔になってしまうようだ。


 もっとも、勝手に駐車場に向かっていく愛車の姿に、最初こそ違和感が有ったものの、見慣れてしまえば、私達が子供の頃に憧れた「未来の自動車」がそこにあるのだという、奇妙な実感が湧いてくる。

 まぁ、子供の頃は意識することのなかった交通事故の現実が、「未来の自動車」の誕生を促していた事については、感慨深いものを感じる。


 ◇ ◇ ◇


 さてと、今日もセガレのリハビリ具合を眺めにやって来た。

 大型トラックへの『自動運転』機能の実装は大幅に遅れているらしい。

 事情は知らぬが、一日も早い『自動運転』機能の普及を期待せずにはいられない。

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