自動運転の憂鬱

第37話 自動運転車

『おはようございます。

 今日は、イナダ医院さんですね。』

「はい、よろしくお願いします。」

 運転席で深々と頭を下げるおじいちゃん。

 となりでは、おばあちゃんがニコニコしている。

 頭を下げたおじいちゃんは、冨永 太陽サン

 私のオーナー。

 となりのおばあちゃんは、冨永 夢眠ムーミン

 言わずもがな、おじいちゃんとおばあちゃんは夫婦である。


 そして私は、国内最大の某自動車メーカーが、自動運転の自信作として送り出した『アローナ』。

 厳密に言えば、その車に搭載されている車載計算機aiDollだ。


『では、出発します。』

「はい。」

 私の案内で、おじいちゃんはハンドルを握った。

 それを合図に、自動車はゆっくりと動き出す。


「右良し、左良し。」

 玄関先で一時停止し、指差し確認を行うおじいちゃん。

 安全確認は済ませているが、こればかりは運転者の行動を優先しなければならない。


 ゆっくりとアクセルを踏み込み、自動車を発進させるおじいちゃん。

 それでは、私はアシスタントに徹することにしよう。


 ◇ ◇ ◇


 2010年代、減少を続けていた交通死亡事故に、ある傾向が目立ち始める。

 そう、老人が絡む死亡事故だけが、増え始めていたのである。


 事態を問題視した政府は、国内の各自動車メーカーに対して、交通事故を抑制すべく、あらゆる技術革新を促す政策が実施された。

 衝突時のダメージ軽減措置シートベルトとエアーバック、衝突防止装置、車体自体の見直し…等々。

 そうした技術の中で、我々『自動運転』も誕生したのである。


 当初は、ナビゲーションや運転の補助が主流だったものが、今では、運転者が介在しない『真の自動運転』も実現している。

 もっとも、『真の自動運転』が実現しているのは、あくまでも人口密集地域に限定されているもので、過疎地では、まだまだ研究の余地が残っている。


 冨永家は、市街地から少し外れた所に住宅きょを構えている。

 従って、『真の自動運転』は、まだまだ先の話になりそうだ。


 ◇ ◇ ◇


「じゃぁ、行ってきますね。」

 おばあちゃんは先に助手席を降りる。


「迎えは頼むぞ。」

 おじいいちゃんも運転席を降りる。


『心得ました。

 いってらっしゃいませ。』

 病院の玄関口で、夫妻は車を降りると院内に入って行った。


『それでは…。』

 私は、病院から指示された駐車場へ移動し、車を停止させる。

 駐車場には、同一車種お仲間が整然と並んでいる。


 ◇ ◇ ◇


 我々『自動運転』に課せられている命題は多岐にわたる。


 乗員の生命を守ることは勿論、対向してくる自動車乗員の生命、歩道の歩行者、自転車の乗員の生命、そして路上を横断してくる人々の生命。

 これらの生命を守る必要があるのだ。


 勿体ぶって、当たり前の話をして恐縮するところなのだが、『現実は小説よりも奇なり』というように、現実はもっと複雑な課題を抱えているのだ。

 無理やり割り込んでくる車、無理な道路横断をする老人、路肩からはみ出している学生の自転車、逆走する車に、無理な追い越しをかけてくる車…と、路上は今も昔も無法地帯なのである。


 そのような状況下で、を求められてくるのだ。

 人の命を何だと怒られる方もごもっともな話ではあるのだが、詰まるところのである。


 無論、無事故で済めば、それに越したことはないのだが…。

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