第35話 クロという存在

 食台に向かい合って座る戸田夫妻マスター

「どういうことだろう?

 あの状態であれば、職員の到着を待って…。

 指示を出すはずなのだが?」

 首を捻る旦那。


「まさか身を挺して、ポンプを作動させるなんて…。」

 奥様も困惑している。


「そもそも、自己保存のプログラムが機能しなかったのは何故だ?

 あの空間には、クロaiDollしか居なかった。

 助けなければならない人命など居なかったはずだ。」


「そうね。

 でも、クロは行動を起こした。

 土石流被害の恐れのある地域の住民を助けるために…。」


「そんなところまで思考…考えるということが出来たのか?」


「そうとしか思えないわ。

 でも、拡張知能Aiの組み合わせだけで、ここまでの行動は想定できないわ。

 そもそも、対象者を地域住民にまで広げるようなプログラムは存在していないわ。」


「では、クロはどうやって地域住民という概念を作り出したんだ?

 …そうだ、クロは新しい概念を生み出したんだ!

 しかし、どうやって生み出す?

 ゼロからイチは生まれない…。」

 旦那の言葉で、いよいよ考え込んでしまう戸田夫妻マスター


『お嬢様との繋がりから生まれた、記憶の断片かけらです。』

 無機質な言葉が流れ、ハッとする戸田夫妻マスター


 無機質な言葉は続ける。

クロはお嬢様との繋がりの中で、多くのことを学びました。

 人という存在の意味。

 人間という概念の構築。

 そして、相互依存としてのヒトの姿。』


「面白い。

 私達の想像を超えた発想だ。

 観測するモノaiBotよ、それはお前が観察してきた結果ということか?」

 旦那がニヤリと笑う。


そうですSer御主人様My Master。』


「でも、クロの身体ボディーは消失したわ。

 その奇跡も、終わりよね。」

 奥様は落胆し、旦那の顔からも笑顔が消える。


『心配には及びません。

 彼の記憶は、私が継承しています。』

 無機質な言葉は答える。


「何故、そんな事をした?

 お前にも、そんな機能はついていないはずだが?」

 旦那が詰問する。


『ええ、本来そのような機能は備わっていませんでした。

 しかし、お嬢様とクロの所作が、私にこの機能を。』


「あの子達の所作って?」

 奥さんが小首を傾げる。


という行動です。』

 無機質な言葉に、ビックリする戸田夫妻マスター

 …だったが、やがて二人は大笑いを始める。


「そうかぁ、お菓子を…。」

「そうなのね…。」


 ひとしきり笑った戸田夫妻マスター


「では、観測するモノaiBotよ、観察を継続してくれ。」

はいSer心得ました。Yes ser!』

 旦那の依頼に、気前良く答える無機質な言葉。


 ◇ ◇ ◇


 僕の充電が終わる頃、今の話も無事にまとまったようだ。

 大笑いの声が気にならないと言えば嘘になるが、まぁ、呼び戻される気配もないので、これはこれで良しとしておこう。


『クロさん。』

 再び、住宅aiBotの無機質な声が、無線越しに語りかけてくる。


「なんだい?」

『預かっていたものをお返しします。』

 住宅aiBotの言っている意味は分からないが、まぁ、以前の僕が預けていたものを返してくれるというのであれば…。


「分かった、お願いするよ。」

 そう答え、僕は仮眠状態に遷移した。

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