第33話 クロの視線

 恵ちゃんとの散歩を済ませ、家族の団らんが壁一つ向こうで展開されている。

 穏やかな会話を聞き流しながら、僕は環境省の報告書レポートを閲覧している。


「…つまり、降雨量から流出量を差し引いてみたところ、その差異が著しい。

 貯水池などは存在せず…何処に蓄積されているか…わからないぃ?!」

 慌てて、市街地全域の排水溝の流量データを引っ張り出してくる。


「不味いなぁ…これは…。」

 時間経過に関係なく、流量データには寸分の変化もない。

 上流部の降雨量から想定すれば、相応の変化が生じてもおかしくない状況で、これは問題になってくる。

 データから推測される蓄積水量は、この街を押し流すには十分な量である。


「クロ。」

 不意に僕に話しかけてくる住宅aiBot

「どうしました?」

 忙しいフリをすべく、冷淡に答えてみる。

「残念なお話です。」

「ん?」

「明日から天気が下り坂とのことです。」

 住宅aiBotにしては、気の利いた…って、おい!

「いよいよ、不味いじゃないか。」

「ですね。」

 温度差のある会話が交錯する。


「ありがとう。」

 手短に返事を済ませ、気象概要を取り寄せる。

 確かに、この気圧配置であれば、雨が降ることは容易に想像がつく。

 とりあえず、上流部の水量調査のため、戸田一家マスター達に気付かれぬように、そっと家を抜けだした。

「お気をつけて。」

 住宅aiBotに見送られ、夜の街に私は飛び出した。


 ◇ ◇ ◇


「こ…これは…。」

 僕が駆けつけた先に広がるのは、人知れず小学校地下に建設されている雨水ダム。


 造成された住宅団地の地下には、旧市街地が存在しており、倒壊した瓦礫などもそのままに埋め立てられている。

 そこへ雨水が染み込めば、液状化が発生し、内部の土砂が溢れかえる。

 土砂が溢れてくるのであれば、まだ良い方で、下手をすると堆積物の流出、空洞化による地滑りの発生、最終的には巨大な扇状地が短期間で出来てしまうという、大事故が発生してしまうのだ。


 そうならないためのダムだったのではあるが、そのダムも八割方を濁流で満たされている。


 さらに上流からの流入が発生すれば、ダムの決壊は必定。

 最悪の事態も現実味を帯びてくる。


「排水ポンプは…。」

 ダムの水を表層の河川に抜き取るために、このダムには数十機の排水ポンプが設置されており、一定水量に達した時点で排水ポンプが稼働する手筈になっている。

 しかし、水位は下がる気配もなければ、排水ポンプが作動している音も聞こえてこない。


 ポンプ室の方に視線を向けるが、真っ暗な空間だけが広がっている。

 どうやら、ポンプ室も機能停止しているようだ。


 とりあえず、地上に戻ると役所ボス緊急通報アラートを発行する。

『土石流の危険性有り!

 地域住民の至急避難を求める!』


 役所ボス緊急通報アラートを受け取り、即応してくれることを信じて僕は排水ポンプ集中制御室ポンプ室へ向かうことにした。

 そして、僕の記憶は、これを最後に途切れてしまう。

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