第32話 クロと妖精

 土曜の午後、いつもの河川敷を一週間ぶりの恵ちゃんとのお散歩である。

「ねぇ、ねぇ、クロ。

 妖精さんたちって、お腹壊さないの?」

 妙な事に関心を示す恵ちゃん。


「いやぁ、聞いた事はないなぁ。」

 残念ながら妖精センサーたちは、お腹を壊さない。

「どうしたんだ?

 いったい?」

 僕はある確信をもって、意地悪るそうに、恵ちゃんに聞き返した。


「あのねぇ…。

 この前、お腹下した時に、パパとママに怒られて…

『クロを見習いなさい』って言われたの。」

 恵ちゃん不貞腐れ気味に地面の石を蹴りながら答えてくれる。


 まぁ、人形aiDollの僕が腹を下す事は無いので、何を見習えというのだろうか?

 まったく、戸田夫妻マスターたちも、無茶な事を娘さんに話すものである。

 ちなみに、腹は下さないが、僕がお腹のトラブルを抱えた時は、僕が機能停止する死を迎える時となる。


 ご両親マスターたちが、出張から帰って来たのが、今週の月曜日。

 早速、親子水入らずのお食事会が近所のレストランで開催された。


 ご両親マスターたちもお疲れだったのだろう、娘さん恵ちゃんの注文に制限をかけ忘れてしまう。

 結果、アイスケーキ1ホール分を平らげてしまった娘さん恵ちゃんが、帰宅後に既定路線の下痢を発症し、深夜緊急外来に駆け込む一騒動があったのだ。


(まぁ、あれはご両親マスターたちも悪いわな…うん。)

 恵ちゃんの顔を眺めながら、僕はため息をついた。


「そっかぁ…。

 じゃぁ、下痢とか便秘とかはしないのね?」

 不貞腐れて、とんでもない事言い出したぞ、この娘は!

 さすがの僕も閉口してしまう域である。

 とは言え、その発想は実に興味深いモノである。


「ま、まぁ、全く無いという訳では…ない…か…な。」

 心にも、ましてプログラムにも組み込まれていない中途半端な返事をしてしまう僕。

 僕の返事に、急に気をよくしたのか、恵ちゃんの不機嫌な雰囲気も過ぎ去ってしまう。


「クロ!

 行くわよ♪」

 すっかりご機嫌になって、ステップも軽やかに恵ちゃんは歩き出した。


 妖精センサーが下痢や便秘をもよおす事はまずもって起こり得るものではない。

 しかし、妖精センサーが取り付けられている管については、下痢や便秘を起こす可能性はある。

(下痢はともかく、便秘は起こり得る…。)


 僕は、いつもの調査に加えて、各妖精センサーたちに過去一週間分の流量記録をオーダーする事にした。

(まぁ、いきなりアタリを引く事は無いと思うけど…。)

 恵ちゃんと会話をしながら、『先週の雨量に対して、地下水量の変移におかしな点がある。』とのレポートを依頼主環境省から、木曜日に受け取っていたところなのだ。

 些末な問題であり、省庁の力関係ちょうせいにより依頼レベルも低かった事から、対応を後送りしていたのだ。


(これは、別途調査要だなぁ…。)

 そんな事を考えながら、僕も恵ちゃんとの散歩を続けた。

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