第30話 クロの午後

 散歩も終わり、恵ちゃんの通う小学校へ向かう。

 住宅団地を見渡せる、小高い丘に立てられた小学校。

 同じ敷地には中学校もある、所謂一貫校というやつだ。


 子供たちが校庭中、所狭しと遊び回っている。

 どうやら、お昼休みのようだ…制服から察するに、小学生、中学生が入り混じって遊んでいる。

 校庭脇のフェンスを背に、放課後になるまで僕はここで小休止を取ることにしよう。


 お昼休みの終わりを告げるチャイムの音が木霊し、子供たちが校舎へ帰っていく。

 始業のチャイムが鳴り、授業の喧騒が聞こえてくる。


 箱座りで休んでいると、校庭を視察して回っているノータイ背広の初老の男がやって来る。

「ワンちゃんは、何処から来たのかな?」

「わん♪」

 愛想よくしっぽを降れば、男性もにこやかな笑顔になる。


 会釈をして去っていく男性。

(まさか、保健所からお迎えは来ないよなぁ…。)

 ドキドキしながら、僕は眠るフリに入った。


 ◇ ◇ ◇


 放課後になり、三々五々、子供たちが下校し始める。

 いつもの待ち合わせ場所校門に移動すると、こちらも下校する子供たちで賑やかになっている。


 程なくすると、子供たちに混じって、飼い主ちゃんも下校してくる。

「わん♪」

 しっぽを振り、愛想よく吠えて主を待つ僕…健気だ!


 僕の声を聴くと、友達を連れ立って走ってくる恵ちゃん。

「クロ。

 お迎えご苦労さま。」

「わん♪」

 恵ちゃんの言葉に答えて、可愛らしくしっぽを振る。

 僕の見た目は黒柴くん。

 可愛い仕草をすれば、老若男女の如何を問わず、誰もが僕に好意を向けてくる。


「きゃぁ~、かわいい♪」

 恵ちゃんの左隣にいた、ツインテールっ子が、僕を撫で始める。

「ねね、恵ぃ~。

 この子、貴女のペット?」

 恵ちゃんの右隣にいた、三つ編みっ子が、恵ちゃんと話し合っている。

「うん、そうだよぉ。」

 そう言って、僕が咥えていたリードを取り上げる恵ちゃん。


「じゃぁ、散歩に行こうか?」

 恵ちゃんがリードに手を通し歩き出そうとする。

「私達も一緒に良い?」

 両側にいた女の子たちが、懇願するように恵ちゃんに視線を送ってくる。

「いいわよ♪

 行こう、クロ!」

「わん♪」

 恋バナ?などに興じる三人の前に立って僕は歩き始めた。

(とりあえず、女の子たちにはバレないように…。)


 ◇ ◇ ◇


「クロちゃんって、かわいいね。」

「わん!」

 ツインテールっ子の感想に、愛想良く僕は答える。


「フサフサのシッポもかわいいよねぇ。」

「わん!」

 三つ編みっ子の感想にも、愛想良く僕は答える。


「…」

 恵ちゃんは閉口しているっぽい。

「この子、日本語解るの?」

 恵ちゃんに向けられる友達の質問が聞こえたところで、僕は固まる。

(やってしまった…。)


 尻尾を振って、お茶を濁してみる。

 女の子たちの話題が僕から他に移ってくれたようだ。

(まったく、気が抜けませんね…。)

 散歩は続く。


 さて、河川敷に来たところで、女の子達は去っていった。


「まったく…クロは、すぐに調子に乗るから。」

 防波堤の上を不貞腐れ気味に歩いている恵ちゃん。

「すいません…。」

 返す言葉もない僕。


「さっ、散歩を済ませましょ!」

 恵ちゃんが促す。

「ああ。」

 僕らは、いつもの散歩コースを歩き続けている。


「今日も、妖精さん達は元気?」

 恵ちゃんは楽しそうに質問してくる。

 まぁ、おとぎ話のような世界が広がっていそうなのだから仕方ない。


「ああ、みんな元気そうだ。」

 実際には、妖精などいる訳ではない。

 彼女に紹介した妖精とは、インフラに組み込まれたaiBot達である。


 ◇ ◇ ◇


 この住宅団地は、2050年代に発生した群発地震の影響により、焦土と化した集合住宅団地跡に造成されたそうだ。

 造成が始まったのは、2060年代に入ってからのもので、当時最先端だったインフラaiBot達が多数投入され、インフラ自体の自主管理体制が構築されていったらしい。


 時は20年も流れ、aiBotらは、現在も健気に稼働し続けている。

 ただ、80年代に入って通信規格が大幅に変更されてしまい、aiBotと国土交通省ボスとの相互通信に問題が発生してきたため、僕のような中継機通訳が必要になってしまったらしい。

 …まったく、後先考えないところは役所の悪い癖なのだろうか。


「さぁ、連中も元気そうだから、そろそろ帰ろう…。」

 恵ちゃんに視線を送ると、彼女は今まさに夕陽が沈む黄昏時に目を輝かせている。

 僕も、彼女のそばに立ち、夕陽が沈むさまを眺めることにした。

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