第27話 裁定

 ここは、『特殊事件捜査室』というプラカードが天井からブラ下がっている机の島。


「駄目でしたね。」

 書棚を背に桑原嬢が、肩を落としている。


「仕方ないさ。

 人形aiDollの誤操作でしか説明が着かないんだからな。」

 桑原嬢の向かいに座った工藤が、後頭部に手を回し天井を眺める。


「これじゃ、私達の働き損じゃないですか!」

 語気を荒らげる桑原嬢。


「まぁ、俺たちの部署は特殊事件捜査室厄介係

 面倒ごとから、難儀話まで…回ってくるのは、こんなものばかりさ♪」

 工藤がカラカラと笑っている。


「それでも…。」

 桑原が愚痴りかけたところで安倍がやって来る。


「やぁやぁ、お二人さん!

 今回はご苦労様でした。」

 満面の笑みを見せる安倍。


「なにか良い事有りました?

 安倍サン。」

 冴えない顔で安倍を見上げる桑原嬢。


「ええ、お陰様で♪」

 近くにあった椅子を引き寄せ、二人工藤と桑原の近くに座る安倍。


「それで、今回の事件…。

 公安の方で逮捕者出たのかい?」

「???」

 工藤の問いかけに首を傾げる桑原。

 その問いに対して不敵に笑う安倍さん。


「すっかりご機嫌ね、安倍主査。」

 桑原嬢が肩をすくめる。


 やがてこみ上げる笑いを抑えて安倍が語りだす。

「ああ、無事に逮捕できたよ。

 贈収賄の容疑でね。」


「それで、逮捕者は?」

 工藤は興味が無いのか、天井を見つつ安倍を促す。


「『国交省 自動車局 主査 田所 公司』と、『デジタル庁 CA クラウドユニット 脇田 修』の二名。

 それから、歌舞伎町の色街を束ねていた風俗店おおだなの代表を若干名というところかな。」

 田所と脇田の名前を聞いて、途端に前のめりになって話に興味を示す桑原嬢。

 工藤は天井を眺めた姿勢のまま目を瞑った。


「今回事件を起こした人形aiDollに対する不正改造の疑惑が発覚してね。」

 安倍はニコニコしながら桑原に話を続ける。

「不正改造により得られた記録を、風俗店側に横流しするための便宜を図ったようなのさ。」

「なぜそんな事を?」

 嫌な予感に怪訝そうな顔の桑原嬢。


人形グリーンレフトの性能向上が目的さ。

 実際、記録が横流しされて以降、お客さんの入りも上々だったからね。

 勿論、売上だって伸びていたよ。」

 安倍は嫌な笑顔になっている。


「でも、あんな過激な逢瀬を繰り返していたのなら、問題が起こりそうなものよね?」

「ああ、だから、情報が本体クラウドに残らないように脇田が細工をしていたのさ。」

 桑原の疑問ににこやかに答える安倍。


「それで、田所がどう絡んでいるんだい?」

 工藤が目を瞑ったまま安倍に問いかける。


「ああ、彼は脇田の小間使いさ。」

 安倍が工藤の方に顔を向け話を続ける。

「田所は運用上の管理を取り仕切っていたからね。

 脇田が本体クラウドへの隠蔽工作をする上で、抱き込んでおく必要があったのさ。」


 安倍の答えを聞き終わったところで、工藤が目を開く。

被害者野島に接触してきたのは、田所さんかい?」

「ああ、そうだ。」


 安倍が上体を工藤に向け、工藤も座り直すと、安倍の方に向き直る。

「田所さんが被疑者あやめ被害者野島に引き渡す。

 被疑者あやめには脇田の息のかかった人達により改造を行われていた。」

 工藤は眉一つ動かさず安倍の話を聞いている。

被害者野島は、自己の研究成果を実現するための実験体モルモットとして、被疑者あやめを引き取った。

 以降は、君たちが調べた通りさ。」

 最後に安倍が肩をすくめてみせた。


 工藤は禁煙パイポを咥えた。

「そして、様々な改造を経て、被疑者あやめに人格が生まれたということ…か。」

「そのようだね。

 まぁ、真相は藪の中だけどね。」

 そう言い終わると安倍は席を立つ。

「じゃぁ、私は戻るよ。」

 工藤も席を立つ。

「ああ、ご苦労さま。」

 二人は右拳をぶつけ合う。


 ◇ ◇ ◇


「ねぇ、工藤先輩?」

「ん、何だ?」

 向かい合った自席で、残務書類の整理をしている工藤と桑原。


「人工知能って知ってます?」

「ああ、言葉だけは…な。」


「ひょっとして、被疑者あやめは人工知能だったんじゃないでしょうか?」

「人工知能っていうのは、人間と同義語なのかい?」


「たぶん。」

 そう言って、書類を置き工藤の顔を見つめる桑原。

 工藤は、まだ書類を眺めながら、報告書を作成している。


「仮に、人工知能が人間と同義語とするならば、今回の事件は人工知能が引き起こしたとも言えるな。

 もっとも、被疑者あやめはバラバラの部品になってしまったからな…調査のしようがない。

 それに…」


 工藤が顔を上げる。

被疑者あやめの解体は、他でもない『デジタル庁 CA クラウドユニット 脇田 修』本人が指示したのだからな。」


 桑原が資料を机の上に纏めて置くと、被害者頭部トロフィーを掲げながら動かなくなっている被疑者あやめの写真が正面に現れる。

二人野島とあやめが最後に見た風景はどんなものだったのかしら?」

 桑原が呟く。

「さぁ~な。

 あるいは、門でも見えたのかな?」

 工藤が答える。

「門ですか?」

 桑原が首を傾げる。

「ああ、門さ。

 その先が、天国か地獄か…それは判りかねるがな。」


 そう言って、工藤も取り纏めた書類を、写真の上に重ねた。

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