第24話 背景

人形あやめさん。

 とても優しくて、お姉さんみたいでした。」

 取調室の天井を眺めながら、何かを懐かしむような面持ちの第一発見者大塚

 桑原嬢と工藤は、そんな第一発見者大塚を見つめている。


「野島先生から、婚約を申し込まれた時も、悩んだ挙げ句に彼女あやめに相談しました。

 最初、彼女も戸惑っていたみたいですけど…最後には笑顔で『応援しますよ♪』って…。」


 話し終わると前屈みになり頭を抱える大塚。

「…怖かったんです…私。

 あの右腕の情報端末かせが…。

 先生は、『意識を共有出来る』と言われてましたが…。」


 小刻みに震える大塚。

「あの二人が…ケーブルに絡まれながら、激しく逢瀬を繰り返す、あの二人の姿が…威容で…奇っ怪で…。

 気持ち悪かったんです…二人がお互いの視界を覗き合いながら恍惚な表情になっている姿が…。」


 頭から手を離し、うつろな瞳で机を見ながら、今度は両腕を胸の前に抱き締めるように組む大塚。

「私…嫌です。

 あんな事で、私の心が覗かれる事が…。

 彼女あやめが言ってました…身も心も一つに溶け合って…悦びが増幅されて…。

 そんなの嫌なんです。

 私は私なんです。

 先生の所有物じゃ…ない。」


 組んだ腕を離し、口元に手を当て嗚咽を漏らしつつ、大粒の涙を流しだす大塚。

 しばらく大塚が泣き、桑原嬢も工藤もそんな彼女をただただ見つめている。


 工藤がパイポを咥え直す。

「確かに、貴女は人間だ。

 人形じゃない。」


 泣きはらした顔を上げる大塚。

 その視線の先で大きく頷いて見せる桑原嬢。

「落ち着いて下さい。」

 笑顔の桑原嬢に、いくぶんか落ち着きを取り戻す大塚。


「不謹慎かもしれませんが、婚約が解消されてホッとしています。」

 大塚が苦笑いを浮べている。


「あのまま交際を続けることになったら、私も彼女あやめと同じように、先生の愛玩道具おもちゃになってしまったかもしれません。

 いえ、先生の愛玩道具おもちゃになる前に、彼女あやめから嫉妬されて、私が殺されていたかもしれません。」

 大塚は自分の言葉を反芻している。


「でも…職場を失ってしまいました。」

 作った笑顔で内面をごまかす大塚。

 すると、工藤がゆっくりと机のところまで来ると、内ポケットから一通の封筒を取り出す。


「ご苦労だったね。

 これは…謝礼だ。」

 封筒を大塚に手渡す工藤。


「工藤さん!

 それは…問題ですよ。」

 桑原嬢が工藤の所作を遮ろうとするが、工藤は桑原嬢にウィンクを送り、大塚の顔を見る。

 恐る恐る工藤から封筒を受け取る大塚。


「中身を確認してくれ。」

 工藤に促され、封筒の中身を確認する大塚…やがて封筒から二枚の紙片を取り出す。

 一枚は小切手であり、もう一枚は職業の紹介状だった。


「今日はお世話になりました。

 気をつけてお帰り下さい。」

 そう言って、工藤は大塚を外に誘い、彼女は取調室から出て行った。


「…良かったんですか?

 あんな事して…後々問題になりませんか?」

 大塚を送り出した工藤の背中を憮然と見つめる桑原嬢。


「ああ、起案切って、稟議は回しておいたから大丈夫さ。

 なにせ、今回の事件は一筋縄ではいかないからね。

 必要経費さ、け・い・ひ♪」

 工藤が人差し指を立てておどけて見せる。


「は、はぁ…。」

 信用が欠片も感じられない視線を送る桑原嬢だった。

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