第23話 第一発見者

 ここは、警視庁の某取調室。

 工藤と桑原の前に座っているのは、今回の事件の第一発見者である、助手の大塚 咲。


「すいませんね、度々ご足労頂きまして。」

 申し訳なさそうに会釈をして席に着く桑原嬢。

 工藤は桑原の後ろで壁に腕組みをしたままもたれかかり、禁煙パイポを咥えている。


 工藤をいぶかしそうに眺めてから桑原の方に向き直る大塚。

「本日お出で頂いた件なのですが…。」

 緊張気味の大塚を気にする風もなく、淡々と事務的に工藤の準備した質問をしていく桑原。


「野島助教と知り合ったのは?」

「大学院の助手として就職したのがきっかけです。」

 桑原の問いに淡々と答える大塚


人形あやめを知ったのは?」

「同じです。

 大学院の助手として就職したのがきっかけです。

 ああ、人形aiDollの事については、知っていましたよ。」


「野島助教と人形あやめの関係については、どこまで知っているの?」

 桑原の質問に戸惑う大塚。

 落ち着きなくソワソワと周りを見回していたが、ポツポツと大塚は話し始める。

「二人が恋仲と知ったのは、就職してからです。

 実験室で…その、二人が抱き合っているところを目撃してしまいました。」

 そして、後頭部をかく大塚。

「…って、おかしいですよね。

 ヒトと人形aiDollが逢引しているって思うなんて…。」

 桑原嬢がクスッと笑い、相槌を打つ。


「それで、野島助教から交際を申し込まれた時、貴女はどうしましたか?」

 今までなかった聴取の内容に、大塚がガクッと体をゆらし硬直する。


「こ、交際…ですか?」

「ええ、交際を申し込まれましたよね?

 大塚さん。」

 どもる大塚に、あくまで冷静に質問する桑原。


「確かに、交際を申し込まれました。」

「受け入れたんですか?」


 しばらくの静寂が流れる。

 工藤は、相変わらずパイポを咥え、腕を組み、大塚を見つめている。


「一度はお断りしました。

 でも、もう一度申し込まれたときには…お断り出来ませんでした。」

「それは、何か取引が在ったということかしら?」

 桑原が喰い下がる。


「そ…それは…。」

 大塚が俯き黙り込んでしまう。

 その姿を見て、桑原嬢が工藤の方に視線を送る。

 工藤は、二回頷く。


「話を変えましょうか。」

 桑原の提案にゆっくりと顔をあげる大塚。

 その瞳には涙をたたえている。


「コーヒーを貰ってくる。」

 そう言い残し、工藤は扉の外に姿を消した。


「すいませんね。

 変な事ばかり聞いて…。」

 桑原がぺろっと舌を出すと、大塚もクスリと笑う。


「…どうして、私が野島助教から交際を申し込まれた事を知っているんですか?

 この前の刑事さんたちにも聞かれなかった事なのに…。」

 何かを探るような大塚の瞳が、桑原を捉える。

「そうね。

 でも、年齢差もあることだし、貴女なら他にも出会いは在ったと思うんだけど…。

 どうして、二度目は受け入れることにしたの?」

 大塚は目をつぶり答えた。

「母の…家族の生活を保証するというものだったの…。」

「どういう事?」

 桑原の視線を受けながら、大塚は天井に視線を送った。


「私の母は日本人じゃありません。

 移民二世だったんです。」

 大塚は続ける。


「私が生まれた時には、父は他界していました。

 私たちは生活に困窮し、母は卵巣を政府に提供した。

 でも、生活保障は得られなかった…。

 移民二世という理由だけで…。」

 桑原は口を抑え息を呑んでいる。


「母は私が高校を卒業する頃には、心労も祟り、長い入院生活を強いられてしまいました。

 だから、学費と生活費を賄うために、私も売り渡したの…卵巣を。

 結局、満額回答はなく、奨学金の負担が伸し掛かる事になってしまった。」

「それで…。」

 桑原が促すと、大塚は桑原嬢の顔を涙目のまま見据える。

「ええ、野島助教は結婚することで、私の抱える負債は無くなり、お母さんも見て頂けると…。」


 しばしの沈黙が流れ、ゆっくりと相槌を打つ桑原。

 大塚も落ち着いたのか、椅子に座り直す。


 すると、工藤が盆にカップを三つ乗せて入室してくる。

「おまっとさん。」

 二人の雰囲気を気にする風もなく、カップを置いていく工藤。


「それじゃ、休憩しましょ。」

 桑原がカップを手に取り飲み始める。

 工藤は再び同じ壁にもたれかかり、カップを口に含む。


 一連の所作を確認した上で、カップを口にする大塚。

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