第13話 結納
「お嬢さんを僕にください。」
「よろしくお願いします。」
成り行きとはいえ、まさか今日ゆかりさんを貰うことになってしまうとは…
ちゃぶ台の向こうに座るゆかりさんのご両親を前に、ゆかりさんと二人、畳みの部屋で正座の上に頭を下げている僕。
◇ ◇ ◇
「あら、
しのが明日の服の準備をしながら、僕に聞き返して来る。
「うん、約束したから…」
しのはニッコリと笑った。
「じゃぁ、失礼の無いように、ちゃんとした服装で送り出さないと…」
そう言ってクローゼットの中身を確認しだすゆい。
二人揃って、服を出しては、あーだ、こーだと楽しそうに語り合っている。
流石に夜も耽てきたので、僕は寝ることにした。
「しの、ゆい。
おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
二人がこちらを向き、笑顔で答えてくれた事を確認し、床に着いた。
翌朝
「おはようございます。」
しのの声で目を覚ました僕。
普段着に着替えて朝食を取る。
いつもなら、ここらあたりで茶々をゆいが入れて来るのだが…
「あれ、ゆいさんは?」
「所用で、朝から出かけています。」
何となく素っ気ないしの。
後から思えば、既にこの時から仕掛けは動いていたのだが…
食事を済ませ出かける準備を始めると、しのが話しかけてくる。
「隆文さん、女性のお宅へお伺いするのに、その格好は失礼ですよ。」
しのは最近、僕のことを『隆文さん』と呼んでいる。
『坊ちゃま』からすれば、雲泥の差であり、なかなか慣れず、恥ずかしくなる事もしばしばだ。
「どんな格好をすればいいのかなぁ。」
そう答えると、しのは
「これにお着替え下さい。」
有無を言え無い雰囲気に渋々着替えをする僕。
緩んだネクタイの首元を締めるしのと僕は…何だか新婚さん臭く感じられて、ちょっと笑ってしまった。
しのも何かを察したのか、クスクス笑っている。
「じゃぁ、行ってきます。」
玄関に準備されていた、真新しい茶色の革靴を掃き、手土産を持たされて僕は出発した。
さて、玄関の扉を閉めたところで、はっと気づいた事が有る。
しのが、若草色のメイド服を着ていたのだ。
化粧も少し違っていたように思う。
何となく、その印象が頭に残ったままゆかりさんの家に向かった。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃい。」
僕を出迎えてくれたのは、若草色が眩しい晴れ着姿のゆかりさんだった。
「こ、こ、こ…」
晴れ着に勝るとも劣らない化粧と笑顔の彼女に僕の心臓は爆発寸前。
そんな僕を見て、クスクス笑い出すゆかりさん。
見慣れた彼女の笑顔に落ち着きを取り戻した僕。
「こんにちは。
本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
昨晩、ゆいに叩き込まれた
手土産を渡すと、彼女が家に招き入れてくれる。
「どうぞ。」
「失礼します。」
上ずった声で玄関をくぐった。
「こっちよ。」
どこへ通されるのかと思っていたら…
なんだか襖が見えてくる。
「お父さん、お母さん。
連れてきました。」
緊張した面持ちで襖の向こうに話しかけるゆかりさん。
(はいぃぃぃぃぃぃぃぃ~~!!!)
一瞬で頭が真っ白になる僕。
男、隆文。
18歳を前にして、人生の一代イベントに差し掛かります!!!
ゆかりさんが僕を手招きし、一緒に襖を開くことになった。襖を開くとちゃぶ台が置かれており、奥には和服に身を包んだ彼女のご両親が居る。
そして、襖のそでに見覚えのある顔が…
「ゆい…さん?」
いつもしのが着ていたメイド服に身を包んだゆいが正座をしていた。
僕の声を聞くと少し笑顔になって会釈をするが、程なくしてゆいのご両親の方へ向き直る。
僕とゆかりさんが座ると、お父さんが腕を組みながら話しはじめる。
「娘が君を紹介したいと言っていたが…
大体の事情は、そちらのゆいさんから聞いた。」
お母さんはじっとこちらを見ている。
「君は君自信をどう考えている?
将来、どうありたいと思っている?」
お父さんの眼光は厳しい。
だから、僕は正直に答える事にした。
「僕は、取るに足らない男です。
でも、たくさんの人の助けを借りて今まで生きて来れました。
だから、自分が受けた恩を誰かに返せるような、そんな仕事をしたいと思っています。」
「君は父親をどう思っている。」
「立派な父だと思っています。
ご存知の通り、僕自身は
でも、こうしてゆかりさんという大切な友達に巡り会えました。」
ゆかりさんの方を見ると視線が重なり、お互い赤面しながら慌てて目を反らしてしまう。
お母さんは、口元に袖を当てクスクス笑う。
「何よりも、僕を窮状から救い出すために頑張ってくれた
背中にゆいの視線を感じる。
「だから、この過酷な試練を与えてくれた父を乗り越えるべく、僕も
お父さんは深くため息をついた。
「うちの娘は友達なのかね?」
お父さんの質問直後、ゆかりさんの肘が僕の脇腹に突き刺さる。
「いえ、た…たい…大切な…」
「大切な?」
お父さんが前屈みになる。
「彼女さんです!!!」
僕の返答で、ゆかりさんの拳が僕の脇腹に連打される。
「お嫁さんに欲しいと思っています。」
最後のセリフが出終わると連打は止まり。
「…だそうだ、母さん。」
すっかり笑顔のお父さん
「ええ、そうみたいね。」
娘にウインクを送りながら、こちらも笑顔のお母さん。
「ちゃんと挨拶しなさい!
隆文!」
「は、はいぃ!!」
ゆいの激に背筋を伸ばす僕。
ゆっくりとゆかりの方を向くと、笑顔が弾けまくりのゆかりさん。
僕は頷き、一歩下がって頭を下げた。
「頑張って生きていきます。
お嬢さんを僕にください。」
こうして、僕は新しい人生の扉を開いた。
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