第12話 日常
「ご主人様、ゆかりさんが来られましたよ。」
「こんにちは、ゆいさん。」
佐々井家の日常。
近頃、隆文はゆかりさんと通学することが多くなった。
んで、今日も彼女はやってきたのだ。
ゆいと挨拶を交わし玄関に入るゆかり。
すっかり仲良しになった二人はいろいろ話してはクスクス笑いあっている。
しばらくすると、しのにエスコートされて隆文が登場する。
「ゆかりさん、おはようございます。」
丁寧にお辞儀をするしの。
その隣では、上着に袖を通しながら、靴を履こうとバタつく隆文。
その姿を笑いながら見つめるゆかりとゆい。
バツの悪そうな顔をしたしの。
「じゃ、行ってきます。」
隆文は手を振り、ゆかりが彼の袖に掴まってニコニコしている。
「いってらっしゃ~い。」
しのとゆいが笑顔で二人を送り出した。
ゆかりに腕を持っていかれ、歩き辛そうにしている隆文。
ゆかりは満面の笑みで、隆文の腕に縋り付いている。
路地から大通りへ。
途中バスの中では、ほぼ密着状態。
痴漢に会わないよう、そっとゆかりを守る男、隆文クン。
「何故僕を選んだのですか?」
ゆかりの方に視線を送りながら、怪訝そうな顔の隆文。
もう、正門は目と鼻の先だ。
「僕はデザインチャイルドで…」
隆文が話し続けようとした刹那、彼の口元にそっと人差し指を当て、彼の顔を覗き込むゆかり。
「知っているわ。」
そう言って、彼の腕から離れ、彼の前で踊るようにふわりと
健康的な美脚が、スカートの下からふわりと顔を覗かせる。
「だって、私。
貴方の
満面の笑みがこぼれるゆかり。
対照的に引きつった顔で目が点になってしまった隆文。
「ふふふ…
冗談よ♪」
上目遣いの仕草で、いたずらっぽく隆文を見つめるゆかり。
隆文クン硬直中。
「た…たかふみぃ~?」
慌てて彼の前に近付き、目の前で手を振ってみるゆかり。
ニ、三度手を振られたところで我に返る隆文。
「じょ…冗談でしたかぁ。
あはは…ゆかりさんも人が悪いなぁ。」
乾いた笑いをする隆文に、小悪魔顔でゆかりが答える。
「でも、公認のカップルだからね♪」
気がつけば、
登校中ということをすっかり忘れ、逢い引きしている
「ちったぁ、こっちの身にもなれ!」
という無言の黒いやっかみが隆文の背中に突き刺さっていた。
教室に入ると、黄色い声援とともにゆかりが拉致られて行った。
隆文はいつもの調子で席に着くが、好奇の視線が痛々しい。
男子生徒からは、恨めしさ全開の激熱視線。
ゆかりを取り巻く女生徒達からは、ゆかりと話し合いながら、時折チラ見程度の寂しい視線。
いずれにしても、隆文にとっては居辛い雰囲気の様である。
◇ ◇ ◇
さて、恙無く午前中の授業も終わり、お昼休みがやってくる。
「佐々井君、ご家族が来られてるぞ。」
4時限目の終了と同時に、副担任に声をかけられた隆文。
「家族??」
首を傾げながら副担任のところへ向かうと、さも当たり前の様に彼の後ろについて行くゆかり。
二人が来たことを確認して、ついて来るように促す副担任。
何故かゆかりの存在に気付かない鈍感気味の隆文クン。
玄関まで行くと、ゆいが三重の重箱を抱えニコニコしていた。
「た~くん、お弁当忘れちゃ、メッ!
でしょ。」
そう言って重箱を差し出すゆい。
「こんなに食べきれないよ。」
と重箱を受け取り怪訝そうな顔の隆文。
「貴方だけじゃないの。
彼女の分も含まれてるの。
ねぇ~、ゆかりちゃん。」
ゆいは、隆文の後ろに挨拶する。
その所作に気付き、隆文が後ろに視線を送ると…ゆかりが笑顔で立っていた。
「じゃぁ、ごゆっくりぃ~。」
手をひらひらさせて、オレンジ色の
「じゃぁ、…あの…ゆかりさん。
お昼を食べに行きましょうか?」
「はいっ!!」
どもりがちな隆文と自分の靴を下駄箱から取り出すゆかり。
二人は靴を履き変え、中庭に出かけた、昼食を取るために。
さて、中庭に出てみると、生徒たちが三々五々お食事を楽しんでいる。
仲良くお弁当箱の中身を確認している女生徒たち。
菓子パンの入ったコンビニ袋を手首にかけ、無造作に取り出したサンドイッチと炭酸飲料を飲みながら、馬鹿話しに興じる男子生徒たち。
生徒たちに混じって教師も、生徒たちの輪に加わって居るところも有る。
長椅子や、芝生、植木や照明燈に寄りかかるなど、人それぞれ自由気ままにしているようだが…
「はい、たかふみ。
あ~~ん。」
「あ…あ~~ん。」
ゆかりに根負けし、弁当を食べさせて貰っている隆文くん。
側にいた生徒たちが、チラチラと二人を観察している。
「じゃぁ、今度は私♪
はい!
あ~~~ん。」
ゆかりの口元にから揚げを届ける隆文くん。
「うん、おいちい♪」
すっかり上機嫌のゆかりに、やれやれといった感じの隆文。
つい先日までは、学食の片隅でひっそりと昼食を取っていた事が嘘のような事態である。
「こんな風に弁当を作って貰ったことは初めてだよ。」
ぼそっと呟く隆文。
「そうなの?
しのさんやゆいさん、お料理得意そうだから、いつも弁当だと思ってた。」
ゆかりが少し驚いた表情をする。
「まぁ、しのとゆいさんと一緒に住みはじめたのは、つい最近の事だし…
以前のしのは、お料理とかできなかったからね。」
そう言いつつ、手料理を振る舞おうと悪戦苦闘していた昔のしのを思い出している隆文。
「そう…なんだ。
じゃぁ、今回の件は、何だろう?」
「きっと、料理をおいしく食べてくれそうな、可愛いお嬢さんができたからじゃないかな?」
隆文らしくも無い返事を聞かされ、思わす吹き出してしまうゆかり。
その笑い声を聞いて、すっかり興が冷めた外野は、それぞれの会話を楽しんでいる。
ひとしきり笑ったところで、ゆかりが隆文の肩を持ち話しかける。
「ねぇ、今度の休み。
うちに遊びに来ない…
ううん。
遊びに来てちょうだい!」
「拒否権は?」
後ずさりしそうな隆文の肩にゆかりの指がしっかり食い込む。
ゆかりはニ、三度首を横に振った後
「そんなもの、要らなぁ~~~い!!」
小悪魔の笑みを浮かべてみせる。
「はぁ、分かりました。」
隆文は力無く頷いた。
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