第8話 帰宅

「しの…」

 浴槽の彼女の耳元に話しかける。

 微かにカメラレンズが動く

「ボ、ボッチャマ…」

 弱々しい音声がスピーカーから漏れて来る。

「ああ、僕だよ。」

「ボッチャマ…ボッチャマ…」

「うん、うん、分かっているよ。

 しのは、少し疲れているんだよ。

 ゆっくりと養生するんだ。」

「ボッチャマ…」

 何か今生の別れのような変な感覚がお互いに渦巻いている。

 何とも奇妙な雰囲気に包まれる二人。

「じゃぁ、僕は行くね。」

 そう言ってゆっくり立ち上がろうとする僕の目と、しのの視線が重なった。

「坊ちゃま、しのは必ず戻って参ります。

 どうか私のことを忘れ…な…い…で…」

 徐々にスピーカーの音が細くなり、カメラレンズの消灯とともに事切れた。

「クラウドの制限かせから来る停止ハングアウトだ。」

 そう言って、達也が操作パネルをいじり出す。

「さぁ、ここからは、専門家の仕事だ。

 外野はお家に帰って寝んねしな。」

 軽くウィンクをして、達也は僕を送りだした。


 ◇ ◇ ◇


「しのさまが戻られるまでは、私が隆文様のお側係を勤めさせて頂きます。」

 達也の屋敷いえから案内役で着いて来た人形メイドがそう挨拶をすると、家に入っていった。


 顔立ちはパッチリオメメが魅力的な少女。

 茶髪のツインテールに、花柄をあしらったメイドカチューシャ。

 チューリップの肩に、七分丈の袖。

 育ち盛りの身体を包むのは、背中と胸元は少し開き気味のオレンジの上着に、膝丈程のフレアスカート。

 さらに、制服の上にはフリルを大量にあしらった純白のエプロンが、首と腰元の大きな蝶々結びで固定されている。

 本当にお人形のようなメイドである。


 程なくすると夕食の支度が始まり、促されるままテーブルに座り食事が始まる。

 合間を見て、掃除、洗濯を始める人形メイド

 日頃、女性と接することがほとんど無かった僕にとって、人形かのじょの存在は少々刺激が強すぎるようだ。

 風呂に呼ばれて入るときなど、人形かのじょがそっと耳打ちする。

「お望みであれば、夜伽も仰せ付かります♪」

 茶目っ気顔の人形かのじょ

 思わず前屈みになって、浴室に向かう僕だった。


 学校にも無事通えるようになり、達也からも常々『しの』の状態を聞かされている。

「で、人形かのじょには、ちゃんと手を出したか?」

「出せるわけないだろう。

 お前のところの大切な人形メイドさんなんだから!」

甲斐性男気無しって、言われるぞ。」

「そんな甲斐性男気要らないよ!」

 ニヤニヤ顔の達也に、ぶんむくれの僕。


「ああ、そうだ。

 今度の休み、しのさんを送り届けるぞ。」

「そうか…帰ってくるんだ…しの。」

 凄く残念そうな達也をよそに、僕はホッとしていた。


「じゃぁ、人形メイドさんを引き取って帰るんだよね。」

「キズモノにしてたら、そのまま居残のうひんりだけどな。」

 睨むような目つきの達也に、冷や汗をかいてる僕。

 昨夜、もう半歩で人形メイドをキズモノにしてしまうところだったのだ。


 何かを察したのか急にニヤニヤしだす達也。

「まぁいいや。

 だから、休みの日は自宅待機お出かけ禁止で頼むぜ。」

「ああ、わかったよ。」

 そう言って、二人は別れた。


 さて、家についてドアを開けると…

「お帰りなさいませ、ご主人様。」

 そこには、生まれたままの姿にエプロンという、悩殺全開人形エッチなメイドが佇んでいた。

「だぁぁぁーーーー。

 そんな格好はをしてはイケません。

 早く服を着て下さい。」

 前屈みになりながら、慌てて玄関のドアを閉める。

意気地甲斐性無し…」

「そんな甲斐性ありません!!」

 ぼやく人形メイドに前屈みのまま答える僕だった。

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