第7話 記憶

「まぁ、納得行かないけど…

 でも、どうして記憶を残してるんだろう?」

「そうなんだよなぁ。

 行動パターンを汎用化する段階で、個人の特定は外れるんだよなぁ。

 その人特異の行動であったとしてもね。」

「じゃぁ、なんで?」


 達也がいつになく真剣な面持ちで話しはじめる。

「ここからは、憶測の話しなんだが。

 記憶を保管することで、より個人に特化した人形…

 擬似人格を持たせようとしてるのかもしれない。」

「そんなこと出来るの?」

「解らない。

 ただ、その仕掛けによって、人形しのさんが人間に近い思考パターンを獲得しかけているように見えるんだ。」

「それって…」

「察しの通り、人工知能の一つの解かもしれない。」

 奇妙な緊張感が漂う。

 あまりにも突飛な発言に達也も汗をかいている。

 僕は僕で、そんな奇異な事が起こっているとは想像もしていなかった。


「でも、擬似人格だなんて…」

 少々懐疑的な話しに耳を疑う僕。


「いや、擬似人格に近いことは、人気商品アイドルシリーズにも実装しているんだ。」

「どういう事?」

人気商品アイドルシリーズの特徴を理解してる?」

 冷ややかな視線を向けて来る達也。

「わからいでか!

『モデルとなったアイドルを細部に至るまで徹底再現

 容姿、体型から、物腰、所作、言葉使いまで忠実に再現』

 だったよな。」

「正解だよ、明知くん。」

 不適に笑う達也と、状況が解らずポカーンとする僕。


「で、何処に擬似人格人間っぽさが有るって言うんだよ。」

「今、君が答えてくれたに有るじゃないか。」

「二言目?

 え~っとぉ…

 容姿、体型から、物腰…所作…ことば…づか…い…」

 僕は固まる。


人気商品アイドルシリーズは、見た目が良いから売れているんじゃない。

 今の言葉こそが、人気商品アイドルシリーズなのさ。」

「で、でも、どうやってそんな事が出来るの?」

「う~ん、それは企業秘密という…

 だぁ!顔が近い近い!!」

 思わず達也ににじり寄ってしまったらしく、慌てて押し戻される僕。

「フゥー。

 詳細は省くけど…

 実は、各モデル毎にアイドル達の思考や言葉使い、仕草といったものをモデル自身の動作を参考にしてインプットして置くんだ。

 後は、クラウドから降りて来るコミュニケーション処理に、インプットされた所作情報を添付してアウトプットさせるのさ。」

「へぇ~、芸が細かいんだね。」

「まあね。

 そのアウトプットのさじ加減が秘中の秘なんだけど…

 というわけで、本当のアイドル達と接している雰囲気を味わえるというわけさ。」

「なるほど、売れる訳だよ。」

 得意げな顔の達也にを前に、改めて人形しのという存在を思い返す僕。

「じゃぁ、しのにも同じものが実装されていたの?」

「分かっていないようだね、明知くん。」

「解らないから聞いてるの!」

 冷ややかな視線を向ける達也に対し、膨れっ面で応戦する僕。


 お互いのひどい顔に爆笑した。


 ◇ ◇ ◇


「しのさんの行動や所作は人形aiDollの標準仕様さ。

 ただ、行動や所作をクラウドに対して問い合わせる際に、それまで蓄積されてきた情報を元に処理を行おうとするんだ。」

「それって…」

「そう、より君に特化した存在になっているんだ。

 まぁ、月並みにいえば恋人みたいなモノかな。」

 呆ける僕に、ちょっと嫉妬気味の達也。


「話し…続けるぞ。

 人形aiDollは、人の仕事をアシストする存在だ。

 それが、人に好意を持つような状態になることは想定されていなかった。

 まぁ、人が人形aiDollに好意を持って、押し倒す事は想定されているけどね。」

 赤面する僕に、ため息混じりの達也。


「まぁ、そんな訳でクラウド側は解答を持ち合わせていない。

 となると、個々で処理をしなければならない。

 しかし、処理系は貧弱な人形aiDollでは、自ずと限界も見えてくる。

 その無限ループのなかに置かれているのが、しのさんというわけさ。」

「じゃぁ、しのは…どういう状態??」

 ますます意味が解らなくなり、困惑する僕。

 達也はゆっくりと立ち上がった。

「とりあえず、しのさんに声をかけてくれるといい。

 後はこちらで何とかする。」

 そう言って、僕を隣部屋けんきゅうしつへ案内した。

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