第3話 衝撃

『しの』が書類の前に佇んでいる。

 書類には『召喚状』というタイトルで綴られている文面


 それは、彼女の坊ちゃんに宛てられた書類である。


『召喚状』

 それは、地球ここではない、他の場所ほしで繰り広げられている勝者敗者無ゼロサムき戦争への招待券である。

 残念ながら、片道切符一方通行というシロモノで、帰還者は、ただの一人もいないという。

 デザインチャイルドや予定外出産ふつごうで生じた人口を減らす事と、持続可能な経済を維持するために行われている戦争。


「ご主人さま。

 これでは、お坊ちゃまがあまりにも不憫ではありませんか。

 何故、私をそば仕えとして、お選びになったの...で...す......か。」

 糸の切れた人形マリオットのように、事切れたように動かなくなる『しの』。


 ◇ ◇ ◇


「ただいまぁ。」

「お帰りなさいませ、お坊ちゃま。」

 いつものように僕を出迎えてくれるしの。

「し、しの、あ、あ、あのね...。」

「お坊ちゃまにお話ししたいことがございます。」

 どもる僕を遮り、自分の意思を伝える『しの』。

 こんな事は一度もなかった。

 呆気に取られている僕の前で、しのはガクリと止まってしまった。

停止ハングアウト...」


『処理容量を越えてるんじゃないか?』

 達也の言葉を思い出し、『しの』が再起動することを期待しつつ、出来そうな家事をこなすことにした。


 ◇ ◇ ◇


 夕食を済ませ、部屋で宿題を片付けていると、『しの』が部屋に入ってきた。

「お坊ちゃま。」

「しの、僕も話したいことがあるんだ。

 僕の部屋では狭いから、食堂で話さないかい?」

『しの』は、無言で首を縦に振る。

『しの』を促して、食堂に向かった。


 ◇ ◇ ◇


「それで、話っていうのは?」

「坊ちゃまの方から、お話下さい。」

 促されるまま、僕は話すことにした。

「最近、しのの調子がおかしくてね…。

 ひょっとして、僕の進学のことで色々迷惑をかけているのではないか?っと思ってね。」

「そう…ですね。」

『しの』の返事の歯切れが悪い。

「僕、まだ未来の自分については、考えきれないんだけど…。

 父さんみたいに、世界を飛び回って、人の役に立つ仕事をしたいなぁ~。って思ってるんだ。」

「坊ちゃ…ま…。」

 また、停止ハングアウトしそうになるが、寸でのところで、何とか意識をつなぎとめる『しの』。


「坊ちゃま。

 しのは嬉しゅうございます。

 立派に育たれ、ご主人さまも、さぞお喜びでしょう。」

 あるはずのない目元にハンカチを当て、泣くような仕草をする『しの』。


「だから、僕の心配はしないで…。」

 突然、『しの』が崩れ落ちる。

 彼女に駆け寄ると、停止ハングアウトはしていない。

 ただ小刻みに震えている。


「し、しの、何を怯えているの?」

 ゆっくりと彼女の肩に手を置く。


「坊ちゃま。

 私が停止ハングアウトすることは、処理容量の限界を超えている事に起因することは、すでにご存知でしょう。」

 彼女の言葉に頷く。


「私の処理容量を妨げて…いる…のは…」

 言葉が辿々しくなる中、彼女が書類を僕に差し出す。

「こ…れ…で…。」

 彼女が停止ハングアウトする。


 渡された書類を見て、僕は言葉を失った。

『召喚状』

 …そして、僕が普通の人間でない事を知らされた瞬間だった。

『しの』は動くことはなかった。


 僕は事情が全く分からない上に、どうしたらいいのかも解らない。

 動かなくなった『しの』を抱えて泣くことしか僕は出来なくなってしまった。


「僕だって、処理容量を越えてしまってるよぉ!!」

 段々涙声になってくる。


「僕はどうなるの?」

 頬を伝う涙も分かる。


「僕はどうしたらいいの?」

 もう、その先は言葉にならなかった。


 叫びたい言葉が形を成さないくらい、頭の中も心の中もグチャグチャになった。

 喚くように泣きじゃくるしかなかった。

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