わたしは谷口美空。


「カイくん? この問題はわかった?」

「んー、わかる、気がするんだけど、上手く書けねぇんだよなぁ」

 ここは私達の二人だけの空間、ではなくて、普通に私達の教室だ。

 今は地理の授業中なのだけど、さな先生の厚意によって私達は教科などは関係なく、自習をしている。

 私は今カイくんに、現代文の問題集を開かせていた。

 

 私の名前は、たにぐちそら。カイくんの彼女で、かわごえみずの、親友——。


「じゃあ一つずつ、箇条書きにしてみて? 主人公にとっての最悪の出来事って、ナニ?」

「ああ、それならできる。まずテストの結果が悪かった、だろ? で、夏休みが補習だらけになった。更にウォークマンが壊れて、あとは————」

「そうそう。そしたらね? それを違和感がないように繋げてみて? なるべく短く——」

 ——うんうん! カイくんはちゃんとデキる子! 考えてる事をのが苦手なだけ! わたしの前でだと素直なんだけど。

 これなら古文なども、大丈夫そうである。古文独特の文法や言葉遣いがあるだけで、読み解き方には大した違いはない。むしろ現代文よりもシンプルな内容だから、コツを覚えてさえ仕舞えば、かなり簡単なのだ。


 ————「美空ちゃん? 立ちながら教えるの疲れない? なんなら席、代わってあげても良いけど」


 そう言ったのはどころしゅうくんである。彼の席はカイくんの前。

 このクラスは四月からずっと皆んな、同じ席だ。席替えをしない理由は、担任のよねばやし先生が面倒くさい、からだろう。

「えー?『代わって』? 田所くん、本当は、瑞稀の隣に行きたいんでしょう?」

「あはは、バレバレ? 実は、そうなんだ」

、今は授業中だからね? あんまりイチャイチャしてると、怒られるよ?」

「大丈夫大丈夫。君たち二人よりは、から」

「うそー? やっぱりわたし達って、そんなに仲良く見えてるー?」

「いや、そうは言ってないんだけど……ま、それでも良いよ」

「そうだよねー? だってわたし達——」


「——美空、こんな感じで良いか?」

「え? あ、ああ、そうそう、そんな感じ」

 カイくんの声で我に帰る。

 田所くんは立ち上がり、カイくんの肩をぽんぽんと叩いてから、私の席へと移動した。瑞稀の隣の席に。

 あの二人はあの二人で、人目をあんまり。机をくっつけて楽しそうに話している二人、微笑ましいけど少しだけ、恥ずかしい。

 私はそんな二人から目を離して、田所くんの椅子に座り、後ろのカイくんへ向き直る。


「——カイくん、やっぱり頭良い! ちゃんとやればできるんだから!」

「へへ、そう? そうなんだぜ? 俺ってホントは頭良いんだ。惚れ直した?」

「うんうん! 次の問題も解ければね?」

「次の——次、むむ……そうか、思い出してきた! そうそう、こんな感じで解くんだよ! 美空、答え、教えんなよな?」

「教えない教えなーい」

 別にわけではなく、カイくんは本当に頭が良いのだ。普段は私だけにしか使っていないだけで。

 それはとっても嬉しい事なのだけど、できればカイくんと、同じようにこの学校生活を過ごして、同じように笑顔で卒業したい。同じ大学に進学するかどうかはカイくん次第だけど、その為の準備の時間も繋がっていたい。


「つまり、なんで主人公が暖かい気持ちになったのかっつーと、コレに出てくる警官も、花屋のババアも——」

「ババアはダメ!」

「……花屋のも、良い人達、だ。んで、コイツらが主人公にした事は、良い事、だ。つまり、良い奴らに良い事してもらったから、暖かな気持ちになれた! へへ、どう?」

「うーん、惜しい! じゃあ前の問題の、最悪な出来事って、何のために書いてあるでしょう?」

「ん? お、おお、そうか。最悪な出来事で落ち込んでる時に、良い事があったから、普段よりも嬉しく思う事ができた! だから暖かい気持ちになれた!」

「ふふ、そーいう事です! カイくん、えらいえらーい!」

「へへへ」

 照れながら笑うカイくんは、可愛い。

 そして成長するカイくんを見るのは、とっても嬉しい——きっとこれが母性、というものなんだね。えへへ……。

「——俺の顔、なんかついてる?」

「ううん、何もついてないよ? ただカイくん、可愛いなーって」

「ち、ちょっ! まじでやめてくれって! できれば二人の時だけに——」

 ——何を焦っているのかな? あ、照れてるだけか!


「えへへ、あ、でも、今やったトコ、忘れないでね?」

「ん?」

「基本的に教科書に載るエッセイとか小説って、今みたいな文章ばっかりだから」

「そうなのか?」

「そうなの。今の場合は、最悪な出来事、っていう出来事。その後に内容が書かれてたでしょう? 更にその後に、暖かくなる内容が書かれていて、最後に、暖かくなったという結果。そういう、わかりやすいモノしか教科書には載らないって聞いた事があるの」

「へーなるほど。他の問題も同じように解けば良いのか」


「うんうん。そしてこれは、わたしだけ、なのかも知れないけど、教科書自体も、そうなんじゃないかなって、思う」


「教科書自体?」

「どの教科でも内容と言葉ってセットになってるでしょう? そして先に出てきた言葉が次の言葉の内容の一部、そういう順番になってるっていうか」

「ちょっと、俺にはわかんねぇハナシだな」

「あ、ゴメン! そうだよね」

「いいや、俺が頭悪りいから——」

「ううん、突拍子もない事言ったわたしが悪いから、今のは忘れて?」

「あー俺、確かに頭悪いけど、今のは忘れらんねえな」

「どうして?」


「美空が言ったコトだから」


「っ……! もう! カイくんったら!」


 そうこうしているうちに、自習時間が終わった。

 途中、近くの席からこんな声が聞こえたような気がする。


〝自分達はいったい、何を見せられているのだろう——〟




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