俺は、矢嶋快晴。
俺は、自分の彼女である
「なぁ美空? 最近、出かけないで、俺んち来る事増えたよな? ……大丈夫か?」
「ええ、何が? あ、そっか、大丈夫だよ。こないだお母さんも言ってたでしょう? ちゃんと気をつけてくれたなら、何も言わないって」
俺に向いた美空の髪が、俺の頬を、優しく撫でた。揺れやすい長さの、美空の黒髪。
確かに、美空の母さんはそう言っていた。
小さい頃からの美空の気苦労に負い目を感じてた事もあるのだろうが「自分自身が失敗した」という負い目も、あるだろう。
もちろん美空は失敗なんかじゃない。俺が美空を好き、だからだ。
「そうじゃなくてな? そうだな、たとえば今、俺が『したい』って言ったら、どう思う?」
「ええー? そんな、いきなりー? ……うれ、しい、よ?」
上目遣いでそういう美空を、今すぐ、抱きしめたい。だが、そういうつもりで、言ったんじゃ、ない。
「じゃあ逆に、『今日はやめよう』って言ったなら?」
「なにそれー? ちょっと、さみしい、けど、それも、うれしい、かな?」
「なんで、だ?」
「だって大切に思ってくれてるんでしょ? わたしを。『今日は』って、そういう事、だよね?」
まずい。
止められなくなる。
俺は美空に「そういう事の為に付き合ってる」と、思われたくない。
そして「美空に魅力を感じてない」とも、思われたくない。
しかし実のところ、美空がどう思ってるのかがわからない。
だから、訊いた。
でも結局なんとなく、しか、わからない。
俺の名前は
そんな、なんとも頭の悪い、ばかな男だ。
「美空、わりい。俺はこういうことしたくて、一緒に居るわけじゃねえ。一緒に居ると、したく、なるんだ」
「うん、知ってる……わたしも、おなじ」
俺の手にさらさらとかき分けられる、その髪の毛が、心地いい。
潤んだ眼を見て感じる、その唇が、愛おしい。
服の上からでもわかるほど、その小さく細い体を、もっと、包みたくなる。これ以上強くすると、壊れてしまいそうほどに、
内に入れた手が美空の温もりと、湿度を、受け取る。むしろその湿度のせいで指のすべりは悪くなり、だからこそ、優しさを、意識する。
美空も声を漏らしながら、俺の後ろへ、両腕をまわす。
美空の手も、
尚も二人の、共同作業は、続く————。
「——ねえ、カイくん? わたし、まだ、離れたく、ない」
呼吸が整い始めた美空が、まだ潤んだ目で、俺に、
「そう、かよ。このままで、重たくねえ、か?」
「少し重い、かも。カイくんのカラダ、大きいから。でも、それが、ほっとする」
「……」
俺達は互いに向かい合いながら寝転ぶ。これでもう美空は重く感じないはずだ。俺の右腕にかかる美空の軽さはむしろ、俺にぬくもりを与えてくれた。
しかし、その温もりを感じて、再び、熱くなる。
俺は、話題を変える事を、思いついた。
「美空、俺がいつからお前のこと、好きだったと、思う?」
「え、いつ、だろう? ホームルームでわたしが、手を挙げた、とき?」
「いや、もっと、前」
「じゃあ、もしかして、入学式、とか?」
「それも違う」
「ええ、わかんない、よ」
「そうか、わかんねえか。へへ」
「もう。なんで、うれしそう、なの?」
「なんでもねえって。俺がお前を好きになったのは————」
俺が美空を初めて見たのは、中二のトキだ。俺が塾に通い始めた初日、美空はずいぶんと離れた、かなり前にある席に居た。自分の学校とは別の友達にはしゃぐ俺らと違って、周りよりも
俺は小学生の頃に柔道と出合い、ずっとそれにばかり集中していた。勉強もそこそこ出来てる方だと思ってだけど、中学に上がってからは、そうでもなかった。
それを別に悔しい、だなんて思った事はなかったけど、運動が出来るだけでチヤホヤされる事は少なくなり、むしろ良い成績を取ってる奴らの方が、自分よりも優れている、と、感じた。
それも悔しくはない。
だが俺の親父が「平均程度の点数で満足するなら、柔道は辞めさせる」なんて理不尽な事を言って来やがった。だから俺は渋々、真面目な学生生活を送ったわけである。
俺の成績はもちろん伸びたが、とても中途半端なものだった。
その頃には、ずば抜けて高い点数を取ってたヤツが、クラスの中心になっていた。そいつが運動もそこそこ出来ていたから、かも知れない。
欠点の無い頭の良いやつ。
その時初めて、悔しい、と思った。
そして俺は、その理由はそいつの通っていた塾にある、と睨んだ。
ちなみにそれは、正解だった。いや、成績の良し悪し、とかじゃなくて、そいつは違う学校の奴らと仲良くしていたから、人気者になるコツを掴んでいたのである。
まあ塾に入ってから知った事だが。
つまり、そんな流れで塾に入った俺は、美空に、出逢ったわけである。だが、その時は普通、だ。一目惚れ、なんてモノはしてない。俺は
塾の勉強は、学校のものとは全然違った。同じ範囲をやってるはずなのに、重視している場所が、全然違う。
いつしか俺はそれにも慣れ始めていたが、それでも、クラスでトップのあいつには勝てない。
俺が半ば諦めかけてた時、塾の講師と美空が話している内容が耳に入る。
「谷口さん、これなら
俺は単純だ。「ひょえー、そんなトコ目指してんのか。スゲー頭良いんだなー」なんて感心した。
そして美空は「安心」なんて言葉を貰っている。きっとこれからは余裕そうにするのだろう——そう思った。
しかし美空はずっと熱心、だったのである。
何故。
そう思った俺だが、美空と同じ中学の奴らの話を耳にする——。
「谷口ってさー。父親いないんだよねー」
「へー? だから
「だからって、ナニ?」
「わかってないわね——」
要するに。
美空は自分の中学で浮いていた。その学校では、
だからせめて、学業だけは——というのが、そいつらの憶測なのだろう。
なるほど、と、俺は思った。
そして何故か俺は、美空と同じ学校に、入りたいと、思った。
その熱が俺の脳みそを、目覚めさせたらしい。
柔道を続ける為に嫌々やっていたハズの勉強が、嫌ではなくなった。むしろ柔道よりも熱がこもっていた。
そして晴れて俺は、花菜蔵高校に、入学したのだ————。
「——つーわけで、俺が美空に惚れたのは、同じ塾に入ったトキ」
「えー? そんなに前からー?」
「へへ、ストーカー、みてえだろ?」
「えへへへー、わたしはそう思わないよー?『情熱的』って云うんだよ? こーゆー場合は!」
「つーか美空、俺が同じ塾だったこと、覚えてたか?」
「まったく、知らなかった」
「はは、だよなぁ。あんなに俺、うるさくしてたのに」
「ふふっ、でも中学のカイくんを知れてうれしかったけど、わたしは、今のカイくんが好き、だから。えへへー」
「美空……」
「あーでもでも、少しは前のカイくんの事を見習って欲しいかな? だって、今のカイくん、全然勉強しないでしょう?」
「いや、だってもう、目的は達成——」
「カイくん? 一緒に卒業して、一緒に同じ大学に、行きたくない?」
一緒に、卒業。
おなじ、大学。
……また熱が、俺の脳みその中に、よみがえりそうだ。
「ところで、カイくん? わたし、気づいちゃったんだけど……」
「ん? あ、ああ。悪い————」
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