独夜(ひとりよ)
内藤 まさのり
独夜(ひとりよ)
今から40年ほど前、私は大阪府に住む普通の小学生だった。ただ特急のヘッドマークを胸にあしらったTシャツを複数枚そろえて学校に着ていくほどの鉄道ファンで、父の一眼レフカメラ〝PENTAX ME〟を自慢げに首にから下げて、ブルートレイン(当時の寝台特急の呼称)を目当てに大阪駅や新大阪駅によく出掛けていた。
そんな我が家に旅行の話が持ち上がった。福井県の永平寺と東尋坊を現地で宿泊して回るという計画だった。両親は当然ではあるが一家四人、車での移動を考えていた。しかし鉄道ファンである私は抵抗した。旅行と言えば電車に乗るチャンスで、「車では酔うかもしれない。」などと主張し、現地までの電車移動による別行動をねだった。特急『雷鳥』、大阪駅発で北陸路に向かうこの特急に乗る機会を絶対に逃したくはなかった。母は当然のように反対した。ところが父は私の別行動を許してくれた。今思うと私の思惑など見透かした上で、私の趣味に理解を示してくれていたのではないだろうか。
家族旅行の当日がやってきた。私以外の家族3人が夜に入って車で先発し、翌早朝から私が特急雷鳥で福井県に移動、福井の駅で落ち合うという手筈だった。私は家族の出発を見送るとそそくさと家に入り、普段見る事の出来ない深夜放送を、ガチャガチャとチャンネルを回しながら貪り見たのを覚えている。
時間はあっという間に過ぎ、午前0時を超えた。テレビのある居間に布団を持ち込んで布団の中からテレビを見ていた私も睡魔に抗えなくなり、私はテレビを消して布団の中で脱力すると直ぐに深い眠りに落ちた。
その夜、寝つきがよく夜中に目の覚めるような事がなかった私が、ゾクゾクする違和感を伴って目が覚めた。一瞬での完全覚醒だった。
『誰かがそばに居る!』
枕元に人が座っている。それは確信と言える程明確な認識であった。しかし目で確認する事が何故か出来ない。息遣いまで感じているのに。瞼が薄目しか開かない、体が動かない事が分かった、声も出なかった。私は侵入者がいる事、そしてその侵入者がこれから自分に何をしてくるのかという恐怖を味わっていた。体が動かない中、暗がりのなかで侵入者を肌で感じながら時間だけがジリジリと過ぎて行った。脇などに脂汗が伝うのが分かった。
永遠に続くのかと思われたこの均衡状態は突然終わった。枕元に座っていた人物が急に私に近づくと私の顔を覗き込むように顔を近づけてきたのだ。かなり年配の男性、和服を着ている、それだけの情報を認識するのが精一杯だった。声にならない叫び声を上げて私は気を失った。
私は布団から飛び起きた、と同時に意識がはっきりしていることを自覚した。居間の照明のスイッチを探すとすぐに入れて身構えた。居間の中には誰もいなかった。
『どこに隠れたんだ』
私は耳を澄ませると音で侵入者を確認しようとした。しかし物音は聞こえなかった。私は子供ながらに撃退するには武器が必要と考え、居間の明かりが届く玄関に行き野球のバットとテニスのラケットを手にした。そして各部屋の照明をひとつひとつ点けていった。洋室、トイレ、お風呂。部屋中の電気を点け終わり、部屋の中には侵入者はいなさそうだと胸を撫で下ろした。すると今度はどこかに隠れているのではないかという恐怖が襲ってきた。見えない場所に誰かが隠れているかもしれない恐怖、ただ見えない場所を開けて確認する事も恐怖だった。迷っているうちに見えない場所に誰かが隠れている恐怖がだんだん大きくなり、私は覚悟を決めるとバットを持ちながら押し入れや収納をひとつずつ開けて確認を始めた。そして侵入者が隠れられる場所として最後にコタツの布団を恐る恐る捲り上げて私はやっと落ち着いた。ただ落ち着いて考えてみると更に新たな恐怖が襲ってきた。
『侵入者はいない、というかそもそも寝る前に鍵もかけたし誰かが入ってきた形跡がない。ではあの枕元に座っていたのは?…幽霊?』
私は背筋に悪寒が走り、加えて周囲の静けさが私を押しつぶすような感覚に襲われた。私は音を欲してテレビを点けた。しかし『ザー』という音を立てる白い画面しか映らず、期待した人が何か話しているような放送はなかった。私はテレビは点けっ放しなしのままラジオを探してスイッチを入れた。幸いにもラジオからは人の話す声が聞えてきた。
私はその後、布団を捲り上げたコタツの上に座り、両手にバットとラケットを握りしめたまま、朝日で外が薄明るくなるまでまんじりともせずに過ごした。
あれから40年、今でも私がはっきり言い切れる事は、あの枕もとに座っていた老人は夢ではなかったという事だ。あの夜の体験は何度思い返してみても、またその後の人生の経験からも、リアルな実体験だったという答えしか導き出せない。そして私の中であの体験は「先祖の霊が一人で寝る私を心配して様子を見に来てくれた」と整理されている。
終わり
独夜(ひとりよ) 内藤 まさのり @masanori-1001
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