43:寝ている君にキスしたい


「真田くん……寝ちゃったの?」


 病院の中庭のベンチでしばらく真田くんとお話ししていたら、ポカポカ陽気に眠気が耐えられなくなっちゃったのか、真田くんがウトウトと寝始めていた。かくいう私は、病室に誰もいない時は他にやることがないから大体寝てることもあって、あんまり眠くならない。


 でもそっか。真田くんは毎日学校に行って、バイトもしてる。その上で私のお見舞いにも毎日来てくれているから、疲れちゃうのも仕方がないかもしれない。ならここで思う存分身体を休めてほしいな。


「……んっ」


「!?」


 寝ている真田くんの頭が、私の肩に寄りかかる。びっくりしてつい声を出しちゃいそうになるけど、それをなんとかこらえて真田くんの安眠を守った。


 それにしても真田くんの寝顔……本当に可愛い。寝顔なんか普段見る機会ないから、こんな隙だらけな真田くんを見るのは新鮮。……でも、もしかしたら記憶を失う前の私はこれもみていたのかな? だとしたら、やっぱり羨ましいや。


「ねーねー、この絵本とっても面白いね!」


「それは良かった」


 ふと、向かい側に座っている親子たちの楽しそうな姿が目に映った。絵本かぁ……私も小さい頃にお母さんにたくさん読み聞かせてもらったなぁ。あの子はどんな絵本を読んでもらったんだろう?


「一番気に入ったところはどこ?」


「うーんとねー、王子様がお姫様にキスをして目を覚まさせたところ!」


 あー、懐かしい。すごい有名な話だもんね、今の子もやっぱりその話を読むんだ。でも今思うと、キスをしただけで呪いが解けるだなんて本当に都合がいい展開だよねぇ………………ん?


 もしかしたら……私の記憶も、真田くんとキスしたら戻るんじゃない!? も、もちろん絵本のお話は作り話だからそんなの確証なんかないけど……。で、でも試してみる価値はあるんじゃないかな!?


 今は人目があるからそんなことできないけど……誰もいなくなったら、寝ている隙を狙ってキスを……。


「だ、だめえええええええええええ!」


「「!?」」


「あ!? す、すみません……」


 自分で考えてしまった卑しい妄想に思わずツッコミを入れてしまい、大きな声を出したことで向かい側の親子をびっくりさせてしまった。幸い真田くんは眠りが深かったのか目を覚まさなかったけど……な、何をやっているんだろう私。


 そりゃ、真田くんとそういうことをしたいって気持ちは……わかる。でも寝ているところに漬け込んでキスをするなんておかしいよ! 記憶を失う前の私だって、流石にもうちょっと清い付き合うをするように心がけていたは——


———

「え、そ、それは……ああ、もう! わ、私は真田くんと一緒に寝たいの! お願い真田くん、隣で一緒に寝て! いや、寝よ!」


「うわぁ!?」

———


 突然、脳裏に覚えのない記憶が浮かぶ。い、今のは……わ、私が真田くんをベッドに連れ込んで……え!? も、もしかして私たちってそこまで進んじゃってたの!?


 いや待って。なら真田くんと正式に付き合っていることになるはず。なんでそんな展開になっちゃったのか全然わかんないよ……記憶を失う前の私、一体真田くんに何をしていたの?


 早く記憶を取り戻してちゃんと思い出したい。思い出したいから……き、キスするのも……もうやむをえないのかも。そうだよね、これはあくまで正統な記憶の治療手段。いろんなことを試してこそ、意味があるはずだから……!


「……さっき悲鳴をあげたせいで誰もいなくなってる。結果的にチャンスが来たってことだよね……よ、よし」


 真田くんの顔をそっと両手で顔を挟んで……ゆっくり、ゆっくりと顔を近づけていく。こ、こんな真田くんの顔を近距離で見るなんて……で、でもこれからキスをするんだから、これぐらい大したことじゃない!


「さ、真田くん…………じゃ、じゃあする——— 」


「……んんっ」


「!?」


 真田くんの目がぴくぴくとし始めたのをみて、私はとっさに顔を離す。あ、危ない……キスしようとしたことがバレるところだった。


「あ、あれ……俺寝てました?」


「う、うん。ぐっすり眠ってたよ」


「まじか……す、すみません、先輩」


「き、気にしなくていいよ! 真田くんも疲れてただろうし、ゆっくりできて良かった!」


「ありがとうございます……。それじゃあ、そろそろ戻りましょうか」


「う、うん!」


 なんとか私がキスしようとしたのがばれてなくて良かった……。で、でもどうしよう。一回キスしようとしちゃったから……す、すごく真田くんと……キスしたい!!!

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