37:また、1から思い出を作りたいんです

「え!?」


 先輩は目を丸く見開いて、驚きの表情を隠せずにいた。それもそうだ、いきなり「土屋先輩のことが大好きな、バイト先の後輩です!」なんて知らない人から言われたら誰だってそんな反応を見せるだろう。


 でも、俺にとってもう先輩は特別な存在だから。どうしても、このまま忘れられたままでいるのは嫌だった。だからとっさにこんなことを言っちゃったんだろう。我ながら、自分でもこんなことをいきなり言うなんてどうかしてる。だけど、それだけ俺が先輩のことが大好きなんだって改めて自覚させられた。


「先輩、やっぱり俺のこと覚えてないんですよね?」


「う、うん……。ご、ごめんね、え、えっと……」


「真田です。先輩からは真田くんって呼ばれてました」


「そっか……じゃあ真田くん、いきなりすごいこというね」


「だって俺は先輩のことが好きですから」


「ふぇ!? す、すごい積極的……も、もしかして私たちって付き合ってたりしたの?」


 これだけ好意を全面的に押し出しているから、先輩がそんな疑問を抱くのは不思議なことじゃない。このまま嘘をついて付き合っていたことにすれば、もしかしたら優しい先輩はそうしてくれるのかも。でも、そんなことして何になる。俺はちゃんと先輩と向き合いたい!


「いや、違います。俺は……先輩への好意をずっと言えずにいて、変な意地はってごまかし続けてました。だから……今初めて、先輩に好きだって言ったんです」


「そ、そうだったんだ……。で、でも、今の私……真田くんのこと、何にも覚えてないの。だから……多分、真田くんの期待には答えられないかも……」


 気まづそうにそう伝える先輩の表情から、改めて本当に俺のことを何も覚えていないんだって実感させられる。記憶を失う前の先輩が俺のことをどう思っていたのかはわからないけど……少なくとも、今の先輩が俺に好意を寄せていることはまずないだろう。


 なら諦めるか? すっと先輩の元から身を引いて、もう二度と会わないようにするか?


 いーや、そうするつもりなんて毛頭ないね!


「俺は先輩のいいところをたくさん知ってます」


「え?」


「誰に対しても気さくで、料理が上手で、いつも明るくて、優しくて、世界で一番可愛くて……多分、全部言ったら日が暮れると思います」


「す、すごい褒めてくれる……え、えへへ〜そ、そんなに褒められると嬉しいなぁ」


「だけど、今の先輩は俺のことを全然わからないと思います。一緒に働いたり、遊びに行ったり、先輩の家に泊まらせてもらった時のことも、全部忘れちゃったんですから」


「……そんな楽しそうなこと、キミと一緒にしてたんだ」


「はい、すごく楽しかったです。でも……忘れちゃったとしても問題ないと思っているんです。また、先輩と1から思い出を作ればいいですから!」


 先輩はこの世からいなくなったわけじゃない。今こうして、俺の目の前にいてくれている。だからこそ俺は必要以上に悲観しない。まだ未来は閉ざされているわけじゃないんだから。


「だけど、もし先輩が俺となんか過ごしたくなかったら、正直に言ってください。俺は……先輩が幸せでいてくれるのが、一番願っていることですから」


「……」


 先輩はしばらく言葉を発しず、病室にしばらく静寂が訪れる。やっぱり、いきなりこんなこと言っちゃったら困惑するよな。それに、やばいやつだって思われても仕方がない。でも先輩の選択を否定しちゃダメだ。先輩の意思が一番大事なんだから。


 ……やっぱり、理想は一緒にいたいけど。


「……あ、あのね」


「は、はい!」


 ようやく先輩の一声が沈黙を破り、俺は情けない反応を見せてしまう。ああ、かっこ悪いなぁ俺……どんなに体裁をよくしようとしても、断られるのは……怖いや。


「……今どんなに思い出そうとしても、私は真田くんのことが思い出せない」


「……先輩が悪いわけじゃないです」


「……だけどね、自分でもなんでかわかんないんだけど……キミと喋っていると、すごく心臓がドキドキするの。それに……真田くんのこと、全然イヤに思わない。むしろ、すごく大切な人なんだって無意識に思った」


「……え?」


「……だからね、私も真田くんと一緒にいたい。このドキドキの正体がなんなのか、記憶を失う前の私が、真田くんのことをどう思っていたのか……確かめたいし。そ、それに……」


「そ、それに……?」


「………………い、いやこれは言えないや! と、とにかく……真田くん、私こそ、また一緒にキミと思い出を作りたい。だから……また、一緒にいてくれる?」


「も、もちろんです!!!」


 先輩は俺のことを忘れてしまった。だけど、はじけるような笑顔を俺に向けて、一緒にいたいと言ってくれた。それがすごく嬉しくて、俺はまた涙をぽろぽろと流してしまう。今度のは、うれし涙だけど。

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