19:君と一緒にいたい


「せ、先輩……?」


 初めて見た先輩の表情に、俺は驚きを隠せなかった。いつも大人びていて、俺のことをからかってくるのが先輩なのに。今の先輩は、欲しいものをねだる子供のような雰囲気があった。


「……い、いや。え、えっと……さ、最近物騒な事件が多いから。こ、この前だってカップルの人たちが誰かに襲われて重傷になって、男の人はアレを取られたらしいから……さ、真田くんが夜道を一人で歩くのは……あ、危ないかなって……」


「それなら心配しなくても大丈夫ですよ。俺、ちゃんと帰れますって」


「あ、え、えっと…………。ご、ごめん、正直に言うね」


「え?」


 さっきまでキョロキョロとしていた先輩の目がまっすぐ俺の方に向く。そして先輩はスーッと一呼吸整えたあと、静かに語り始めた。


「私、真田くんが家に来てくれるの、すごく嬉しかったんだ。こうやってバイトがない日はなかなか会えないし、それで……勉強以外にも、真田くんと楽しいことしたいなって思ってたの」


「そ、そうだったんですか……」


 先輩の思いがけない本音を聞けて、俺は正直嬉しかった。俺だって、先輩にこうやって家にお誘いされたことだけでも嬉しかったけど、何より俺と一緒に遊びたいと思ってくれたことが一番感激してる。


「だ、だから……今日はうちに泊まって! ちーちゃんはああなっちゃったから多分朝まで起きないし、親も今日は帰ってこないから……迷惑にはならないよ」


「で、でもそれは……。お、俺寝巻きとかもないですし」


「それなら大丈夫! 真田くんがうちに来ると決まった日に着替え用意しておいたから!」


「はい!?」


 ドヤ顔で着替えがあることを先輩が教えてくれたけど、いや、いくら何でもそれは用意周到すぎないか!? 俺は先輩のことがよくわからなくなってきたよ……。ありがたいといえばそうだけどさ。


「そ、それに私、真田くんが退屈しないようにSwitch買っておいたの! 世界の遊び大全であそぼ!」


「ええ!?」


 しかも俺がくるからってSwitchまで買ってきてくれたのか!? そ、そんなことする必要なんかないのに……ど、どうして先輩は俺のためにそこまでしてくれるんだ?


「だ、だから……退屈は絶対しないよ。真田くん……うちに泊まって」


 訴えかけるような視線を俺に送って、小さくてか細い声で先輩がそう懇願してきた。そんなしおらしい先輩にドキッとさせられた俺は、もう断るなんて選択肢は消え失せて、むしろ心の奥底でやったぁって喜んでしまう。もちろん、それを顔には絶対出さないようにしてたけど。


「…………せ、先輩のご好意を無駄にするわけにはいかないですからね。わかりました、親に連絡して確認しますね」

 

 それから俺は親に泊まっていいか確認して、無事に許可を取ることができた。それを聞いた先輩は満面の笑顔で「やったぁ!」と喜び、寝ているちひろさんを彼女の部屋に運んだ後、俺たちはSwitchで遊んだりした。……先輩、オセロうまいな。


「いやー真田くん、弱々だねぇ〜。もっと歯ごたえがあるかと思ったよ〜」


 さっきまでのしおらしさは何処へやら。先輩はウキウキとしながらゲームでとことん俺をボコしてきた。はしゃいでいる先輩も可愛いけど、正直ゲームで負けたのがめちゃくちゃ悔しい。しかも一回だけじゃなくて連敗するなんて……。


「う、うるさいですね! た、たまたま今回は負けただけですから!」


「ふふーん、負け惜しみ可愛いねぇ。さて、そろそろお風呂の時間だね。真田くん、先に入っていいよ」


「あ、ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて」


 先輩の家にあるお風呂に入るのは何だか恥ずかしい気持ちもあるけど、風呂に入らない方が嫌なので入らせてもらうことにした。でも、先で良かった。もし先輩の後に入ることになったら……多分、お湯につかれなかっただろうし。


「ふぅ……」


 脱衣所で服を脱いで、俺は早速風呂に入る。ああ、やっぱり風呂は気持ちいいな。でも先輩を待たせるわけにはいかないから早めに出た方が…………ん?


「…………なんか聞こえるような」


 気のせいか、脱衣所からガサゴソと音が聞こえてる気がした。ま、まさか先輩が……い、いや、流石にそんなことあるわけが……。


「真田くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん! 一緒にはーいろ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?」


 ありました。あろうことか、先輩はバスタオルすらつけずに風呂場に入ってきてしまった。その衝撃があまりにも強烈で、俺は悲鳴をあげてとっさに視線をそらす。


「は、入るんだったらせめてバスタオルを……」


「え、なら一緒に入ってもいいの?」


「え、あ……」


 し、しまった、先輩に付け入る隙を与えてしまった!


「やったぁ! じゃあちょっと待っててね!」


 うまいこと言いくるめられて、俺は何でか先輩と一緒に風呂に入ることになってしまった。

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