12:この人は俺の彼女です!


「いやー、いいお湯だったねぇ。また時間があったら来ようよ」


 風呂から上がって、店の中で販売されていたコーヒー牛乳を飲みながら、先輩はニコッと笑う。お風呂上がりの先輩を見る機会なんか今までなかったから、どこか普段からは感じない色気が出ている今の先輩を、俺は直視することができずに目線をそらしながら話していた。


「そ、そうですね。また誘ってください」


「もちろん。それにしても真田くーん、私の胸の方が好きだなんて罪な男だねぇ。ねぇねぇ、このこの、可愛いぞ真田くん」


「う……」


 ニマニマと笑いながら、人差し指で俺の頰を突きながら先輩はさっきのことを掘り返してくる。うう……なんで正直に答えちまったんだろう俺は。案の定子供扱いされている気がするし……。


「そ、そろそろ帰りましょう! じ、時間も遅いんで!」


 恥ずかしくてしょうがないので、俺は一気にコーヒー牛乳を飲んで帰る支度を済ませた。このまま子供扱いされ続けるのは嫌だからな!


「えー、もっとゆっくりしてこーよー」


 ソファーに座りながら、バタバタと足を動かして先輩は駄々をこねる。大人っぽい先輩が子供っぽい仕草をしている姿は、なんだかドキッとしてしまうぐらい可愛くて。それをもっと見たい気持ちもなくはなかったけど……ここで引き下がるわけにはいかない!


「お、俺は親がうるさいんで」


「ぶー、そう言われるとどうしようもないじゃん。なら次来るときはもっと遅く帰れるようにお願いしておいてね」


「わ、わかりましたよ。それじゃ、駐輪場のある駅まで一緒に行きますか。マック行くとき止めていったんで」


「オッケーだよ。もっと真田くんと一緒にいれて嬉しいやー」


「か、からかわないでください……行きますよ」


 それから俺たちは銭湯から出て、駅まで一緒に歩いていった。すっかり辺りは夜の街に様変わりしていて、居酒屋のキャッチやら酔いながら道を歩いている人とかがガヤガヤと騒がしくしている。


「酔っ払いだらけですね……。先輩ってお酒飲んだりするんですか?」


「ん? 私はそこそこ飲むよー。檸檬堂とか好きだし。真田くんはまだ飲めないからわかんないだろうけど、お酒って結構美味しいんだよ。気分もハイになれるし」


「そうなんですか。だからみんな、こんなに騒がしくなっちゃうんですかね」


「だろうねー。でもどうしたの、お酒飲みたくなっちゃった?」


「……お酒を飲めたら、大人になれた証明なのかなって思って。俺、早く大人になりたいんで」


「えーなんで? 成人してもそんなにいいことないよ」


「早く一人前の男になって……憧れの人に追いつきたいんです」


「憧れの人? それってだ——」


「ねぇねぇお姉さん。俺たち今飲み歩いてるんだけど、一緒にいい店行かなーい?」


 土屋先輩と話している最中に、全く空気なんか読まずにプリンみたいな髪色をしたチャラ男たちが先輩をナンパし始めた。そりゃ先輩は誰が見たって美人だから、されてもおかしくないだろうけど……。


 正直、俺は胸の内で嫉妬のようなものを感じてしまった。


「え……いや、結構です。もう帰るんで」


「いいじゃん別に一軒ぐらい。絶対損はさせないからさ。ね?」


「そうそう。俺らまじで店を選ぶセンス抜群だからさ。だから行こーぜ」


 明らかに嫌そうな顔をしている先輩を気遣うこともなく、男たちはひたすらしつこく先輩に声をかけ続けていた。こいつら、俺がいるのに先輩に声をかけ続けるってことは、絶対そういう関係には見えないって思ってるんだろうな。


 いや、実際そうなんだけどさ。それってやっぱり……俺が、男としての魅力がかけているのが悪いのかも。確かに、この人たちと比べたら俺は全然かっこ良くもないし、おしゃれじゃない。お酒も飲めないガキで、異性経験だって……本当はゼロだ。


 ……でも。


「あ、あの!」


「ん? あー、この子お姉さんの弟くん? 流石に一人で家に帰れるだろうし置いていっても大丈夫っしょ。なぁ?」


「……弟じゃないです。この人は……俺の彼女です!」


 これは、先輩を助けるためについたとっさの嘘。


 だけど、いつか実現したい俺の夢でもある。


「はぁ? オメーみたいなガキがこんな美人の彼氏なわけねーだろ!」


「い、いーや、彼氏だから! ……ほら、先輩。こいつら置いて走りましょう!」


「あ、待て!」


 先輩に一切許可なんか取らずに、俺は彼女の手をとってチャラ男たちから逃げた。騒がしい道の中、たくさんの人たちの視線を集めながら一緒に走ったその時間は、なんだか不思議と爽快感があって。俺は、その時間がすごく楽しかった。


「ここまでくればもう大丈夫か……」


 そして、なんとか駅のあたりまでついたあたりで俺たちは走るのをやめた。後ろを見ても、もうあいつらは追ってきてないようだから、無事に巻くことができたみたいだ。ふぅ、よかったよかった……。


「ご、ごめんなさい先輩! い、いきなり走り出したり、か、彼女ですとかいっちゃって…………あ、あれ? せ、先輩?」


 てっきり俺はこの後先輩から、からかわれるのかと思っていた。「真田くんかっこいいー笑」とか、「この人は俺の彼女ですかー。いやー、なかなかいい台詞思いつくねー!」なんて、言われるのがオチだと思っていたのに。


「………………(真田くんが私のことを彼女って言ってくれたしかも真田くんから手を繋いでくれるなんてこと想像もしてなかったし走ってる後ろ姿めちゃくちゃかっこ良くてもうずっと見てられるというか動画に収めたかったしいや彼女ですからってところもう一回聞きたくてしょうがないんだけどまたナンパ野郎たち来て真田くんのかっこいいところ見せる踏み台になってくれないかなてか真田くん本当にかっこ良くてもう大好き大好き大好き大好き結婚したい結婚したい結婚したい私を妻にして!)」


「せ、先輩!? ど、どうしたんですか、先輩!?」


 先輩がなんでか呆然とした様子から元に戻るまで、結構時間がかかったのは……まぁ、なんとなく想像はできた。


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